1.はじめに
 働き方改革関連法の施行や、波瑠さん主演のテレビドラマ「#リモラブ」(2020年10月放送開始)で、産業医という言葉を耳にする機会が増えたという人も多いのではないでしょうか。産業医とは、従業員が健康で快適な環境のもとで仕事に従事できるよう、医学的および専門的立場から指導・助言を行う医師です。
 企業は従業員の人数が50人以上の事業場ごとに、産業医を選任する義務があります。企業単位ではなく、「事業場単位」であることに注意が必要です。1000人以上の事業場では、専属産業医の選任が求められます(詳細は以下の表を参照)。

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このほかに、産業医が参加する衛生委員会の設置も必要です。この委員会では従業員の健康に関する調査や審議を行います。厚生労働省の調査によると産業医の選任率は、100人以上の事業場では100%に近いのですが、50人以上99人未満では76%にとどまっています。
産業医を選任するうえで、医師であれば誰でもよいというわけではなく、医師免許に加えて「産業医」としての資格を持つ医師(2.産業医の要件を参照)でなければなりません。
一般的に、医師の仕事は患者を日常生活が送れるようにすることですが、産業医の仕事は就業可能な状態まで回復させることを目標としています。

2.産業医の要件
 産業医は医師であって、以下のいずれかの要件を備えた者から選任しなければなりません。
 ① 厚生労働大臣の指定する者(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者
 ② 産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が指定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者
 ③ 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である者
 ④ 大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師またはこれらの経験者

 産業医にもそれぞれに得意分野があり、また、企業担当者との相性もあります。事業場によって産業医に期待することも異なってくるでしょう。長時間労働によるストレスのチェックや、がん治療と就業の両立支援など、期待するものを明確にして契約書に明記しておくことでのちのちのトラブルを防止できます。
 50人未満の事業場で、産業医を選任するほどでもないが相談はしたいというときは、独立行政法人労働者健康安全機構が運営する産業保健総合支援センターで支援を受けられます。

3.産業医の職務・役割
 産業医の職務・役割は、労働安全衛生規則に記されています。次の14条1項(要約)をご覧ください。
 ① 健康診断の実施と労働者の健康を保持するための措置
 ② 面接指導と労働者の健康を保持するための措置
 ③ ストレスの程度を把握するための検査と面接指導
 ④ 作業環境の維持管理
 ⑤ 作業の管理
 ⑥ 前各号に掲げるもの以外の労働者の健康管理
 ⑦ 健康教育、健康相談、労働者の健康の保持増進を図るための措置
 ⑧ 衛生教育
 ⑨ 労働者の健康障害の原因の調査と再発防止のための措置

 また、2015年から労働安全衛生法の一部改正を受け、50人以上の事業場ではストレスチェックが義務化されています。チェックでメンタルヘルス不調がみられたときは、職場の実情を把握している産業医に具体的な意見を求めましょう。
 精神障害の労災補償請求件数は2015年度の1515件から2019年度には2060件と、年々増加しています。

4.まとめ
 会社には従業員の健康を管理する義務があります。健康診断の結果をきちんと管理し、健康に不安のある従業員に対しては就業上の配慮が必要になります。どの程度の配慮が必要であるかについては、産業医に専門的な助言を求めます。配慮を怠り長時間労働を続けて症状が悪化した場合は、労災となって安全配慮義務違反による損害賠償を命じられることもあります。
 従業員の健康管理は訴訟リスク回避だけが目的ではなく、従業員の健康と活力を増進して全員が自分の力を存分に発揮できる環境を整えることも目的です。そのためにも産業医を上手に「活用」していきましょう。

参考文献
・「産業医について」厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
・「中小企業事業者の為に産業医ができること」独立行政法人労働者健康安全機構
・「産業医が診る働き方改革」産業医科大学
・「こころの耳」厚生労働省

略歴
山本 光康
中小企業診断士、ファイナンシャルプランナー
一般社団法人東京都中小企業診断士協会中央支部執行委員、渉外部副部長
中小企業診断士稲門会常任幹事