DXに取り組むとなると、AIやIoTなど最先端の技術や設備を導入しないといけないと考えている企業も多いのではないだろうか。DXを推進する中で、いち早く取り組むことができ、効果も高いのは企業が持っているデータの活用を再検討することである。データを活用するにあたってはデータの品質を精査し、マスターデータを整備することがDXの第一歩である。

1. DXとは?
DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を耳にする機会が多くなった。DXについてはさまざまなメディアで定義されている。2018年12月に経済産業省が公開した『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver. 1.0』においては、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」と定義している。

2. 2025年の崖
多くの経営者が将来の成長や競争力強化のために新たなデジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出・柔軟に改変する必要性について理解している。しかし、既存システムが事業部門ごとに構築されていて全社横断的なデータ活用ができない、また過剰なカスタマイズがなされているなどにより複雑化、ブラックボックス化している企業も多いのではないだろうか。さらにはデータ活用のために既存システムの問題を解決すべく経営者がDXを望んでも、そのためには業務自体の見直しを求める必要があり、現場サイドの抵抗も大きく、DX進まないことも多い。
いかにこのような課題を克服しDXを実行するかがカギとなるが、この課題を克服できない場合、DXが実現できないのみでなく、2025年以降、年間最大12兆円(現在の約3倍)の経済損失が生じる可能性があると経済産業省は指摘している。このことを「2025年の崖」と呼んでいる。
注目して欲しいのは、「既存システム」という言葉である。「既存システム」とは既に活用されているシステムのことで、銀行のオンラインシステム、病院の電子カルテシステム、大学の履修管理システム、身近なところでは仕事で使っているシステムも「既存システム」である。今やシステムはありとあらゆるところで当たり前のように利用されている。この「既存システム」こそ、これまでの日本の情報システムの核であり、社会を支えてきたといえる。にもかかわらず、この「既存システム」がDXの足かせとなっていると経済産業省は警鐘を鳴らしている。既存システムを刷新することをモダナイゼーションという。従来のソフトウェアやハードウェアなど稼働中の資産やそこに蓄積されたデータを生かしながら、最新の技術や製品で置き換えることである。このモダナイゼーションによって、DXが実現できる。
モダナイゼーションの進め方は大きく2つの方法がある。1つ目はモダナイゼーションを終わらせてからDXに取り組むパターン、もう1つはDXとモダナイゼーションを同時進行させるパターンである。どちらのパターンで進めるかは会社個々のシステムやデータの整備状況によるものの、大切なことは、データとデジタル技術を活用するためには、モダナイゼーションを推進し、さまざまなデータを収集、分析するための環境を整える必要があるということである。そのためには、現状、自社で収集、加工しているデータの品質はどのようになっているかアセスメントすることがスタートといえる。

3. データの品質
データ品質とは、データ利用者の期待と要求を満たす度合いのことである。つまり、データを使用する目的に合致しているかがデータの評価基準となる。目的に合致していない場合は、低品質といえる。したがってデータ品質とは目的とデータ利用者の要求によって決定される。データ品質を管理することは以下の目的がある。
① 組織が持つデータの価値を高め、それを利用する機会を増やす(データ可用性)
② 低品質データにともなうリスクと無駄なコストの削減(リスク・コスト)
③ 組織の効率と生産性の向上(生産性向上)
④ 組織に対する評判の維持と向上(社会的立場)
低品質のデータは危険をはらんでいる。組織の評判が損なわれ、収益の損失や顧客の喪失、否定的にメディアから取り上げられるといった事態を生む危険がある。
データ品質を評価するには、評価軸を明確にする必要がある。データ品質の評価軸は、測定可能なデータの特徴または特性になる。評価軸に従って品質を測定し、データの運用状況を把握する必要がある。データの評価軸として以下の12項目あげることができる。
① 正確性
データが表現しようとしている実体(現実の実データ、データソース)が正しく示されていること
② 完全性
データとしての要素がすべてそろっていること
③ 一貫性
冗長化、分散化により、同じ実体を持った複数存在するデータに不整合がないこと
④ 最新性
データが最新の実態を示していること
⑤ 整合性
参照元のデータが存在すること。また、データセットに欠落部分がないこと
⑥ 精度
データの詳細度(有効桁数など)が十分であること
⑦ プライバシー
個人情報、機密情報、個人識別情報が適切に管理されていること
⑧ 妥当性
データパターンが利活用者の期待を満たしていること
⑨ 適時性
利用者が必要な時に適切にデータが利用できること
⑩ 一意性/重複排除
同じ実体を表すデータが一つだけ存在すること
⑪ 有効性
データに定められた属性(型、形式、制度、文字コード等)が有効範囲に収まっていること
⑫ アクセス可能性
利用者が負荷なく適切なデータを使用することができること
上記12項目について自社のデータ品質や整備度を評価した上で、DXを意識したデータ品質の向上に取り組む必要がある。そして、この12項目すべてのデータ品質大きく影響するのがマスターデータである。

4. マスターデータの重要性
マスターデータとは、主に企業が社内向けや業務向けなどで構築するデータベースで共通となる、基本的な情報のことである。会社でよく使われるマスターデータとしては、顧客マスター、商品マスター、会計マスターなどがある。例えば、商品マスターには、それぞれの製品ごとのコード、名称、サイズやスペック、価格などの情報が一括して管理されている。
取引先から受注を受けた場合は、受注を管理するマスターデータと関連づけて受注管理を行う。また、受注データと商品マスターを紐付けて特定の商品の受注数量を抜き出すことにも活用できる。マスターデータは、社内の部署によって異なるシステムやアプリケーションを利用していることが多いこと、またそれぞれに部署で管理されていることもあり、それぞれのマスターデータを統合し、一つの規格で管理を行うなどマスターデータマネジメントを行う必要がある。しかし、実態としてはマスターデータが最新のものに更新されていない、新しい商品や取引先が追加されていない、同じ商品で複数のコードが存在するなどのケースがある。また、マスターを登録するルールや規則が不十分のため、登録の粒度がバラバラなケースもある。
では、マスターデータの管理がうまくいかない原因と背景はどこにあるのだろうか。
失敗するケースとその原因をいくつかあげる。

【ケース1】
・ 何のためにマスターデータを構築、整備するのか目的が定まっていない
・ マスターデータ管理の基本方針(対象となるマスターコードや方式など)の決定が不十分
これらが発生する背景は、マスターデータの利用、整備範囲が全社的であること、またマスターごとに調整する組織が異なることがあげられる。また、データを活用する組織(例えば営業部門や製造部門など)とマスターデータを提供、維持管理する組織(例えば総務部や情報システム部門など)が異なることも要因となっている。

【ケース2】
・ IT部門、利用部門の間でマスター整備の方針検討が進まず、マスター整備プロジェクトが終了になる
・ マスター整備の重要性、プロジェクトについて経営層、関係部門の承認、合意が得られない
これらが発生する要因は、既存システムの改修案が複数考えられ、決めることができない、またマスターデータの整備について費用対効果の推定が難しく、現状のままでも業務を遂行することができるという結論に至ってしまうことが多い。

【ケース3】
・ 構築後、更新や品質管理が行われず、利用されないマスターデータになる。
・ システムのマスターデータにばらつきが発生し、データの品質が悪化する。
このようになる原因は、システムの保守や運用に重点を置いた結果、マスターデータ維持管理業務、ルール、プロセスの整備が不十分であること、またマスターデータ運用まで含めたシステム構築がなされていないことが要因である。

5. 真のDX実現に向けて
DXに取り組むとなると、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など最先端の技術や設備を導入しないといけないと考えている企業も多いのではないだろうか。もちろん、AIやIoTなどを活用して業務やビジネスを革新的に進めるという発想も必要である。一方、DXを推進する中で、いち早く取り組むことができ、効果も高いのは、現状収集しているデータ、また過去の蓄積データの活用を再検討することではないだろうか。データを活用するにあたって、そのデータの品質を精査し、品質が低い場合はデータを整備することがDXの第一歩といえる。データを整備しないまま、新しいシステムに移行、モダナイゼーションしたとしてもそのシステムは無用の長物となってしまい、高額な構築費用や保守費用、利用料だけがかかってしまう結果となる。DX推進にあたって、今一度、自社のデータ品質の評価を行い、データやマスターデータの品質向上に取り組んではいかがだろうか。そのためには、経営者自らがデータの価値とその品質の重要性を理解した上で、専門の組織や役割を設置し、全社的な取り組みとして推進することが不可欠である。また、マスターデータの重要性を理解し、マスター整備のノウハウを有したシステムベンダーを選定し、システム構築を依頼することも重要な視点である。

安野 元人
経済産業大臣登録 中小企業診断士
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部 総務部 副部長