あなたにとって、仕事を通じて実現したい、やりがいを感じたいことは何でしょうか。
昨今の「ジョブ(Job)」にまつわる話題を突き詰めていくと、この問いに行き当たります。大企業を中心に、いわゆる「ジョブ型」を意識した雇用制度、ひいては人事制度の見直しが進みつつあります。「ジョブ型」では、企業側が必要な職務を定義すること、つまり「組織が仕事を決めること」が前提にあります。従業員にとっては、勤務地や求められる成果、それに伴い伸ばすべき専門性が明確になるという点で、仕事に取り組みやすくなるメリットがあります。

 一方で、与えられた仕事に対して「この仕事の意味がわからない」「この仕事を続けて自分は成長できるのか」など、仕事の意義・やりがいが見いだせず疑問や悩みを抱える人も数多くいます。総務省の労働力調査によれば、転職希望者は右肩上がりで推移しています。コロナ禍による在宅勤務化などで働き方に対する考え方のゆらぎや変化もその原因の一つとみられます。
 日本労働研究雑誌 2023年6月号『ジョブをめぐる2つの論点』では「雇用管理の仕組みがいかにうまく構築されようとも、そもそもの仕事が魅力的でなければ、管理はうまくいかないだろう」と簡潔に説明しています。

 「従業員一人ひとりがやる気、やりがい、モチベーションを高めて仕事に取り組んでほしい」という想いは、ほぼ全ての経営層に共通する願いでしょう。そんな中で注目されているのが、「ジョブ・クラフティング」です。東京都立大学大学院 高尾義明教授はこの言葉の定義を、「働く人たち一人ひとりが、主体的に仕事や職場の人間関係に変化を加えることで、与えられた職務から自らの仕事の経験を作り上げていくこと」と解説しています。

 ジョブ・クラフティングという概念が生まれたのは、イェール大学のレズネスキー教授とミシガン大学のダットン教授が発表した2001年の論文がきっかけといわれています。両教授は、アメリカの大学病院に勤務する清掃スタッフ約30名に「仕事をどのように捉えているか」インタビュー調査をしました。すると、同じ仕事をしている人たちの中で、「マニュアル通りに掃除すること」と捉える人と、「私は治癒に関わっている」と自分なりの意味を見出している人とがいることがわかったのです。どうすれば仕事を通じて、やりがいや幸福感を感じられるようになるのか、この疑問から生まれたジョブ・クラフティングに関する研究は2016年頃から徐々に増えてきました。

 ジョブ・クラフティングの研究の中で、やりがいや幸福感を感じられるようになるための働き方への工夫の仕方は、3段階で考えられるといわれています。

1)タスク・クラフティング(作業クラフティング、業務クラフティング)
 仕事のやり方自体を、より充実したものに変える工夫を指します。段取りの工夫や前後の工程との連携の仕方を従業員自らが見直すことで、自分たちで仕事を改善できた達成感や手応えを感じながら仕事を進めることができます。効率化や短縮・省力化を目指すものだけではなく、必要だと認識すれば、新たな作業が加わることもタスク・クラフティングの一つといえます。

2)関係性クラフティング(人間関係クラフティング)
 関係者とのかかわり方の質や量を変えていく工夫を表します。部下または上司と積極的に話す機会を設ける。業務以外でも相手の話を聞いて支援する、自分について自己開示する、などによって単なる「仕事上の相手」から一歩踏み込んだ関係性を築くことができます。

3)認知的クラフティング(認知クラフティング)
 最も重要とされるものが、従業員が自らの役割をとらえ直す、認知を見直す工夫です。担当する作業の全体がどのような意味をもつのか、どんな社会的意義をもたらすのか、そこから自分たちの役割を定義づけ、新たな責任感や誇りをもって仕事に取り組むことができます。

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出典:「ジョブ・クラフティングの可能性の多角的検討」高尾義明

 ジョブ・クラフティングでは、経営層や管理職ではなく、従業員自身がジョブ・デザインをすることに意義があります。いわば、ジョブ・ディスクリプションとは対極のボトムアップの活動です。クラフティングという言葉も、職人が手掛けるプロセスを念頭に、手触りの感じられる定義づけを意図したものと言われています。
ジョブ・クラフティングを進めることで、従業員のモチベーション向上、ひいては離職率低下が期待できます。

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出典:厚生労働省 2023年度第4回雇用政策研究会 法政大学大学院 石山恒貴
「高齢者のキャリア形成 -ジョブ・クラフティングという考え方-」

注意点
ジョブ・クラフティングを進めていくことは良いことづくめのように思えますが、注意すべきこともあります。

1. 組織目標との整合性を確認する
 従業員が自分の仕事を自由に変えていくことで、組織全体の方向性や目標から逸脱してしまう可能性があります。ジョブ・クラフティングによる業務の見直しは、組織の目標と一致している必要があります。上司やマネージャーと連携し、変更が組織の戦略や目標と整合していることを必ず確認しましょう。

2. チームとの協調を保つ
 個々の業務内容が変わると、チーム全体の業務プロセスやコミュニケーションに影響を及ぼすことがあります。従業員が自分の仕事を再設計する中でも、協調を保ち、他のメンバーの役割や業務に支障をきたさないようにすることが必要です。定期的なミーティングや情報共有を通じて、変更内容や進捗をチーム全体で確認し合いましょう。

3. 持続可能性を考慮する
 ジョブ・クラフティングは、従業員が一時的にモチベーションを上げるためだけに行うのではなく、その変更が長期的に効果を発揮し、継続的な成長と発展に寄与するものであることを確認することが重要です。従業員自身が変更の効果を評価し、必要に応じて適応させていくプロセスを含みます。また、属人化に陥らないかの視点も必要です。

 以上のような点を考慮することで、ジョブ・クラフティングの効果を最大化し、組織全体のパフォーマンス向上に貢献することができます。

■参考文献:
『令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/19/19-1.html
『日本労働研究雑誌』 2023年6月号
「ジョブをめぐる2つの論点」 日本労働研究雑誌 編集委員会
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2023/06/pdf/002-003.pdf
「ジョブ・クラフティングの可能性の多角的検討」高尾義明
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2023/06/pdf/068-079.pdf
厚生労働省 2023年度第4回雇用政策研究会 法政大学大学院 石山恒貴
「高齢者のキャリア形成 -ジョブ・クラフティングという考え方-」
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001154737.pdf
日経ビジネス 連載 「大転職時代 ~脱・囲い込み」
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00538/021400001/
「ジョブ・クラフティングとは?国内研究の第一人者・高尾義明さんが、定義・事例から最新の研究動向まで徹底解説」
https://www.cultibase.jp/articles/8674

■ 略歴
田口愛味子
合同会社みんプロ コンサルタント
中小企業診断士
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会中央支部 執行委員/能力開発推進部副部長
国家検定 キャリアコンサルティング1級技能士、2級技能士
特定非営利活動法人キャリアカウンセリング協会認定スーパーバイザー