1.温泉と健康の歴史
 日本には、3,000以上の温泉地があり、日本人は古の時代から温泉を利用し愛してきました。温泉は、日本人の健康や生活にとって欠くことのできないものであり、日本の大切な財産でもあります。
 太古の時代には、地面から温かいお湯が自然に湧き出してくる温泉は人々にとって非常にありがたく貴重なものでした。また、温泉には、様々な成分が含まれており、入浴することで病気がよくなるなど神聖なものとして崇められてきました。
 鎌倉時代には、武士や高僧などが湯治のために温泉を利用しはじめていた記録があります。戦国時代には、武田信玄、上杉謙信、真田一族の「隠し湯」として、戦いで傷ついた兵の治療に温泉が利用されました。

● 代表的な「隠し湯」
 武田信玄 : 湯村温泉(山梨県)、渋温泉(長野県)
 上杉謙信 : 関温泉(新潟県)、猿ヶ京温泉(群馬県)
 真田一族 : 別所温泉(長野県)、角間温泉(長野県)

 江戸時代以降、大名や武士の湯治に加えて一般庶民も温泉を利用するようになりました。この頃には、湯治に加えて伊勢参りや金毘羅参りの行き帰りに温泉地に宿泊することが増えてきました。
 明治から昭和へと時代が進むにつれて温泉地も湯治場から保養の場、慰安の場へと発展してきました。
 戦時中は、いくつかの温泉地に主に傷病兵や結核患者の転地療養地として陸軍病院の分院が置かれました。戦後、これらの病院は、国立病院や療養所として引き継がれ地域医療の拠点となりました。
 第二次大戦後は、復興と共に温泉地も大きな発展を遂げました。昭和23年の温泉法に基づいて温泉の公共利用と健全な保養地として『国民保養温泉地』が指定されました。令和2年11月現在77の温泉地が『国民保養温泉地』として指定されています。主な『国民保養温泉地』は以下の通りです。

● 主な『国民保養温泉地』
 酸ヶ湯温泉(青森県)、乳頭温泉郷(秋田県)、銀山温泉(山形県)
 四万温泉(群馬県)、奥飛騨温泉郷(岐阜県)、十津川温泉(奈良県)
 由布院温泉(大分県)、鉄輪温泉(大分県)、黒川温泉(熊本県)

 一方、高度経済成長期には、鉄道や道路網の整備により団体列車や観光バスを連ねて団体客が訪れるようになりました。これに合わせて温泉地も歓楽の場として大型のホテルや旅館が軒を連ねる観光温泉地へと変わっていきました。
 平成に入るとふるさと創生事業の一億円を使用して温泉開発や温泉施設が建設され地域の憩いの場として活用されています。

2.温泉の健康効果
 日本温泉協会の資料によれば、温泉の健康効果は、温泉そのものによるものと温泉以外の効果因子の2つに分けることができます。

『温泉の健康効果』
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出典:一般社団法人 日本温泉協会

 温泉そのものの健康効果のうち化学成分による効果は、温泉の泉質によって様々な効能があります。泉質の特徴と主な効能(適応症)は以下の通りです。
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出典:一般社団法人 日本温泉協会を基に筆者が表を作成

 温泉以外の効果因子である転地効果、食事効果、運動効果、休養効果は温泉地を訪れることによって得ることができる効果であり温泉とともに温泉地の魅力そのものです。
 日頃の忙しい日常を離れて温泉地を訪れ、自然に恵まれた雄大な山々の緑、川のせせらぎ、湯の香漂うノスタルジックな街並みの散策など非日常の経験を通して気分転換することができます。そして、宿自慢の料理に舌鼓を打ち、近隣の自然の中での運動や街並みを散策することで温泉の入浴と合わせた休養効果を得ることができます。
 温泉の健康効果とは、温泉地の魅力そのものと言って差し支えないと思います。
 これからの温泉地は、温泉地自身の魅力に磨きをかけることが健康効果を高めることになります。健康効果を高めることで温泉地の価値を向上させ、温泉地を活性化させ賑わいを取り戻すことが必要です。

3.「新・湯治」 ~温泉地活性化に向けて~
 環境省では、温泉地の活性化に向けて、平成29年7月に「新・湯治」の提言を行っています。
 提言では、温泉地の役割を見直し、新しく楽しく、元気になるプログラムを提供できる環境づくりを通して、温泉地自身の賑わい創出を目指しています。

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 新・湯治とは、平成29年7月に「自然等の地域資源を活かした温泉地の活性化に関する有識者会議」により提言された、現代のライフスタイルにあった温泉地の過ごし方の提案です。
 新・湯治は、温泉地周辺の地域資源を多くの人が楽しみ、温泉地に滞在することを通じて心身ともにリフレッシュすること、そして温泉地を多くの人が訪れることで、温泉地自身のにぎわいを生み出していくことを目指しています。
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出典:環境省

新・湯治推進プラン概念図
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出典:環境省

 この提言では、『国民保養温泉地』に中核的・先進的な役割を期待していますが、この取り組みは、すべての温泉地にとって活性化のために有効です。
 これからも温泉という大切な財産を活用して、温泉地の魅力を高めて健康効果の増進を図り、温泉地が活気を取り戻し未来に向けて永続的に発展していくことを期待します。

【参考文献】
一般社団法人 日本温泉協会 『温泉百科』
https://www.spa.or.jp/

環境省 『新・湯治の推進』
https://www.env.go.jp/nature/onsen/spa/index.html

【プロフィール】
大野 進一 (おおの しんいち)

経済産業大臣登録 中小企業診断士
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部副支部長
公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員

 製造系システム会社で10年以上金融機関向けシステム開発を担当。現在は、主に購買管理、外注管理を担当する傍ら日本の財産である温泉を活用した温泉地の賑わいを取り戻す取り組みに強い熱意を持つ。
著作: 問題解決に役立つ購買管理(共著) 他