<100年に一度の大変革期を迎えた自動車業界>
 自動車産業は日本の経済や雇用を支える屋台骨と言っても過言ではない。2020年の自動車関連産業の出荷額は約60兆円と製造業の約2割を占め、雇用は約550万人と全産業の約1割を占める。我が国にとって重要な自動車産業において、現在、「100年に一度の大変革期」といわれるCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)に向けた動きが活発化している。とりわけ、二酸化炭素(CO2)の排出削減を目的に、CASEの「E」にあたる自動車の電動化に取り組む企業が増えている。「電動化」とひと口に言ってもハイブリッド車(HV)から燃料電池車(FCV)まで多岐に渡るが、欧米や中国で市場が急拡大しているのが電気自動車(EV)である。

<世界で加速するEV販売>
 世界の主要な自動車市場では電動化が想定以上のスピードで進んでいる。国際エネルギー機関(IEA)によると、2021年のEVの世界販売は660万台と、新車販売の9%を占めた。2020年の307万台、4%をともに大きく上回った。中国と欧州がこの動きを先導しており、2021年には中国で335万台、欧州で229万台もの電動車が販売された。販売台数67万台の米国とともに、世界の自動車市場の3分の2を占める三大市場でEVの約96%が販売された計算である。
 ボストン コンサルティング グループによると、EVは2025年に世界の新車販売台数の20%を占め、2035年には59%に達する見込みである。特に欧州では、環境規制の強化を背景に、2035年には新車販売台数の90%以上をBEVが占める公算である。米国や中国も欧州に続くかたちで、EVが普及する見通しである。

<政策主導で進む各国のEV市場>
 こうした世界各国における自動車の電動化は政策主導で進んでいる。
 中国汽車工業協会によると、中国の電動車(新エネルギー車)の市場シェアは2021年に13.4%、2022年第1四半期には19.2%に達した。中国政府は、2025年をめどに新車販売の20%を新エネ車にするという目標を前倒しで達成する可能性が高い。中国政府は購入補助金を2022年に終了するとしているが、大都市では新エネ車へのナンバープレート割り当て優遇の利点が残る。今後は地方でも充電インフラ整備が進み、低価格帯を中心に新エネ車の販売が拡大する見通しである。
 欧州連合(EU)の欧州委員会は2035年にエンジン車の販売を禁止することを決定した。手厚い購入補助金制度を設けたことで2021年のEUの電動車の市場シェアは19%まで上昇した。
 米国の電動車のシェアは4.5%にとどまっているが、バイデン政権は2030年までにEVを新車販売の50%以上にする目標を掲げる。また米カリフォルニア州は独自に、2035年までにエンジン車の販売を禁止する方針である。

<電動化で後塵を拝する日本>
 一方、日本は選好する欧米や中国に比べて電動化で大きく後れを取っている。日本自動車販売協会連合会の調べによると、2021年に日本で販売された電動車の合計は4万6380台に過ぎず、その内訳はEVが2万1,139台、PHEVが2万2,777台、FCVが2,464台にとどまる。乗用車販売台数445万台の約1%にすぎず、まだ電動車が社会に受け入れられているとはいえない。
 実は、過去からトヨタ自動車(以下、トヨタ)や本田技研工業(以下、ホンダ)は、航続距離の短さや充電設備の少なさ、バッテリー価格の高さなどを理由に、EVの普及に懐疑的な姿勢を示していた。もっとも、根底には内燃エンジンの生産を中心とした垂直統合型のサプライチェーンや雇用を堅持する必要性を重視していた節がある。
 また、EVの生産・販売は低採算である点も見逃せない。アーサー・ディ・リトル・ジャパンの試算によると、既存メーカーのガソリン車の営業利益率は7~8%だが、EVは▲4~5%の赤字である。一方、テスラのEVの営業利益率は7~8%とガソリン車並みの採算を誇る。これは、テスラがバッテリーの調達コストや販売費用を安く抑えていることに加え、値上げを進めていることに起因している。EVで利益が出る自動車メーカーはテスラのように一握りに過ぎず、多くの自動車メーカーにとってEVは売れば売るほど赤字が拡大する状態にあり、EVの赤字は利幅の大きい商用車や高級車で吸収していることが推察される。

<トヨタ、ホンダが相次いでEV戦略を転換>
 しかし、世界的にカーボンニュートラルの機運が高まり、海外でガソリン車に対する風当たりが強まる中、日本車メーカーがこぞってEV戦略を転換し始めた。
 トヨタ自動車は2021年12月、2030年までに4兆円をEVに投資し、商用車を含めEV30車種を市場投入し、同年のEV世界販売見通しを350万台に引き上げると発表。レクサスブランドは2035年にEV専用ブランドにする方針を打ち出すなど、事業構造を転換する。
 本田技研工業はソニーグループとの協業や、ゼネラル・モーターズ(GM)との協業拡大を発表した。ソニーとは共同出資会社を立ち上げ、新型EVを共同開発して2025年に発売する。GMとは量販価格帯のEVを共同で開発・生産する。ホンダは2040年にEV専業メーカーになる方針を掲げている。ソニーやGMとの協業を含め、2030年までに30車種のEVを投入し、同年には200万台を超えるEVの生産を計画している。
 日産自動車は2021年11月に発表した長期ビジョン「日産アンビション2030」で、2030年度までにEV15車種を投入することを表明した。今後5年間に総額2兆円を投資し、EVや電池の開発・生産体制を強化する。

<荷主の要望により商用車でもEV化の動きがスタート>
 物流業界では、脱炭素化を進める荷主側が、配送におけるCO2排出量削減を経営課題に掲げていることもあり、商用EVへの関心が急速に高まっている。しかし、乗用車に比べて走行距離が長い商用車では1充電当たりの航続距離も課題となる。 
 ただし、宅配便など市街地の小口配送では、一回の使用での走行距離が短く、EVでカバーできる使用環境が多い。このため市街地利用に適した小型商用車の分野でEVに対する需要が高まっている。三菱ふそうトラック・バスは、他社に先駆けて小型EVトラックを市場投入した。2017年に小型EVトラック「eキャンター」を発売済みで、2022年内にはeキャンターの次世代モデルを発表する予定である。また、2022年度はいすゞ自動車と日野自動車も小型EVトラックの市場投入を計画している。

<EV普及に向けた課題>
 EV普及の障害と言われているのが、1回の充電当たりの航続距離の短さ、急速充電設備の設置数の少なさ、車両価格の高さ、バッテリー劣化に伴う下取り価格の低さなどであり、以下に項目別に考察を進めた。

<満充電時の航続距離は徐々に長期化>
 実は、世界で初めてEVを市場投入したのは日本車メーカーであり、既に10年を超える歴史がある。2009年に三菱自動車が世界初となるEV「i-MiEV」を販売開始、翌2010年に日産自動車が「リーフ」の量販に踏み切った。当時の満充電当たりの航続距離は100km~200kmに過ぎなかったが、リチウムイオン電池の性能を高める中で、徐々に航続距離を伸ばしている。国内では依然、航続距離が500km未満のEVが大半であり、航続距離が500kmを上回るのは、日産「アリア」の一部モデルに留まる。
 一方、海外では、テスラ、BMW、メルセデスなど、比較的高級なEVの航続距離は軒並み500kmを上回っている。国内で満充電時の航続距離が500km以上あることを希望するユーザーが過半を占める中、今後、EVが普及するには航続距離の向上が欠かせない。

<急速充電時間で後れを取る日本>
 ユーザーがEVを購入する際、充電時間の長さがネックとなるケースが多い。内燃エンジン車の場合、燃料を満タンにできるの数分しか要さないのに対し、EVの場合、急速充電器でも満充電に30分以上を要するケースが多い。デロイトトーマツグループの2021年の調査によると、EV購入予定層の20%超が充電時間の長さを懸念視している。外出先での給電時間は10分以内が望ましいと考えるユーザーが多い。
 海外メーカーのEVの充電時間は、内燃エンジン車の給油並みに短くなっている。その先駆者がテスラである。テスラは、2019年に250kwの急速充電器を開発、量販EVの「モデル3」は15分の充電で約275kmの走行が可能である。韓国・現代自動車のSUVタイプのEV「アイオニック5」は350kwの急速充電設備を使用すれば、5分の充電で220kmも走行できる。同様に、独ポルシェや独アウディも短時間充電が可能なEVを開発した。
 しかし、日本車メーカーは高出力の急速充電への対応で遅れを取る。日産のEV「アリア」の場合、急速充電器の出力が130kwにとどまる。トヨタの新型EV「bZ4X」も、日本や英国向けモデルで150kwに過ぎない。アリアの場合、375kmを走行するのに急速充電器で約30分の充電時間を要する。日本車メーカーは、EVの価格を抑制するあまり、高出力充電への対応を先送りしている。ただ、充電性能で海外の競合との差が開けば、世界的に販売シェアが低下する懸念がある。

<脆弱な充電インフラ>
 国内のEV向け充電器は、普通充電器が市場の9割以上を占めている。2020年はCOVID-19の影響で民間企業が設備投資を抑制したため、充電器の需要が減少した。2021年も普通充電器の市場規模は2020年と比べて微増にとどまった。
 一方、急速充電器については、日本政府は2030年までに公共用を3万基に増やす目標を掲げている。充電器本体価格は100万円を超え、設置費用などを含む導入費用の負担が大きいため、設置した事業者が投資回収するには時間を要する。現状の設置場所は自動車販売店や高速道路のサービスエリアなどにとどまっており、中国や欧州に大きく見劣りする。普及に向けては導入費用に対する助成制度など政府の支援拡充が喫緊の課題である。
 また、集合住宅の駐車場と月極駐車場への充電器の設置も大きな課題である。集合住宅では、敷地に余裕のない集合住宅ではタワータイプの機械式が主流であり急速充電器の設置が難しい。特に既存の分譲マンションだと、設置工事という新たな経済的負担に加え、管理組合での合意形成が困難を極める。また、月極駐車場では、土地のオーナーが新たに充電器を設置するケースが少ない。

<リセールバリュー>
 既存内燃エンジン車のユーザーがEV購入に躊躇する理由としてリセールバリュー(買い替え時の下取り価格)の低さが挙げられる。EVは、同じ年数・走行距離の内燃エンジン車と比べて、リセールバリューが低いのが現状である。例えば、販売から満3年が経過した2018年式の日産「リーフ」の残価率は45%にとどまり、トヨタ「カローラスポーツ」の残価率58%やスバルの「インプレッサスポーツ」の残価率59%に比べて、10P強も低い。
 EVのリセールバリューが低くなる要因としてバッテリー劣化に伴う航続距離の短縮化が挙げられる。バッテリーは急速充電の頻度や住宅用蓄電池としての利用の度合いにより劣化の程度が大きく変化する。このため、一般的な中古車販売店では、EVの価値を正しく評価できない。EV普及に向けては、安心して中古EVを購入できる環境整備をし、中古EV市場が広がることが必要となる。そのためにも、バッテリー劣化の程度の可視化が喫緊の課題である。

<まとめ>
 これまで述べてきたことを踏まえると、当面の間、日本では、近距離配送用の小型貨物EVか、高級乗用EVが先行して普及していくものと推察される。
 日本においてEVが本格的に普及するには、前述の満充電当りの航続距離の短さ、急速充電インフラの少なさ、急速充電時間の短さ、中古市場の未成熟、車両価格の高さなどの課題を1つずつクリアする必要がある。日本車メーカー各社は、EVシフトの加速を成長戦略の目玉として掲げるが、上記課題が残る現状においては、各社の目標数値を達成することは容易ではない。個社の取組に加え、政府が一丸となってEVシフトに向けた施策を矢継ぎ早に実行に移すことが欠かせない。

略歴
 田中 順(認定経営革新等支援機関)
 早稲田大学卒業後、メガバンクの融資・審査マン、外資系コンサルティングファームのマネージャー、格付機関での自動車セクターアナリスト、GE Capitalのシニアマネージャーとして活躍。2020年1月にJTリサーチ&コンサルティングを開業。製造業、小売業、サービス業向けに500万円以上の高額補助金に特化した申請書作成サポートを展開。600万円~6,000万円の高額補助金の採択率は100%。「中小企業とその社長を元気にすることが日本の発展につながる」との信念で日々奔走中。
資格
 中小企業診断士(2002年登録)
 日本証券アナリスト協会認定アナリスト(2002年登録)
 宅地建物取引士(1997年登録)