橋本 圭介

●飽和状態に近づいた調剤薬局市場
 前回、市場拡大がコンスタントに続く市場として紹介した調剤薬局であるが、処方箋枚数・調剤点数については伸びが鈍化している。
(前回記事ご参照→ http://rmc-chuo.jp/home/mt/archives/2012/06/20126_4.html
(図表1)調剤薬局市場の推移                     (調剤点数の単位:千点)
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                                    (日本薬剤師会資料より作成)
 2010年度から2012年度にかけて処方箋枚数の対前年比率は103.9%→102.4%→101.6%、調剤点数は103.6%→107.7%→101.7%(いずれも日本薬剤師会調べ)と変化し、増加傾向は一貫しているものの、これまでのような伸びはなくなった。それでも、平成24年度において調剤点数は6千3千億点余りなので、国民医療費(調剤医療費)は6兆3千億円を超えたことになる。
 ちなみに、厚生労働省の調剤医療費の動向(平成24年度)によれば、過去7年間の市場規模は表2に示す通りであり、やはり調剤医療費の膨張、伸び率の鈍化が見て取れる。
(図表2)調剤医療費の推移
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                        厚生労働省「調剤医療費の動向(平成24年度)」
●消費税の影響
 消費税率の引き上げも具体化した。次回調剤報酬改定では、コスト増の見合いとして調剤基本料の1点上乗せ等を実施する一方で、マンツーマン(1医療機関・1調剤薬局の立地)薬局に対しては、一定条件の下に逆に報酬を下げる動きに出た。
 このような条件の下、薬局企業の損益にどのような影響が出るか、試算をしてみた。かなり大雑把ではあるが、大方の傾向をつかむことはできるだろう。
(図表3)消費税率改定の影響試算
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 試算から想定すると、中小のように売上総利益率35%台であると、3%増税即損失発生となる。当面の対処法は人件費圧縮となるであろう。中小の人件費率は22.5%(「小企業の経営指標2012 卸売・小売業 調剤薬局」、日本政策金融公庫)であるが、このうち店主分の役員報酬(法人)あるいは青色専従者給与(個人)などを縮減することで、決算書上の損失を回避できる可能性はある。
(試算前提)
①売上原価は材料費のみとして計算した。売上原価に材料費・労務費・経費を計上している試算(1)の企業では、数値を(2)の形式に再構成した。
②試算(1)は売上原価率62%、試算(2)は同65%であるが、これは某上場企業決算書によるもの(1)と「小企業の経営指標2012 卸売・小売業 調剤薬局」(日本政策金融公庫)の平均値(2)を参考としている。チェーン薬局と一般零細薬局との比較をするために2者を併記する形とした。
③調剤薬局は「仮受消費税なし+仮払消費税あり」状態のため、ここでは、仮払分は販管費計上されるものとして試算した。
④調剤基本料上乗せは、税率8%時に1点、税率10%時にさらに1点実施されるものとして計算した。
⑤調剤基本料1点(10円)上乗せ分は、予想応受枚数を元に計算したので、実際(受付回数)よりも過大数値となる可能性がある。また、その他の消費税率上昇に伴う施策加算は考慮に入れていない。
⑥処方箋単価は、試算(1)では実際の金額を丸めた額9,450円で計算、試算(2)では日本薬剤師会平成24年度「保険調剤の動向 「全保険(社保+国保+老人)」から調剤点数×1,000÷処方箋枚数×10≒8,310円と想定した。
⑦売上増分は、試算(1)では実際の金額を丸めた額9,450円に10円を加算した額で計算、試算(2)では8,310円に10円を加算した額で計算したが、いずれも概ね0.1%の上昇とみられるのでこれを売上高上昇寄与率とした。
⑧売上増分は調剤報酬(サービス売上)なので、売上原価の額は据え置いた。
⑨「増税分3%」は消費税率8%時、「増税分5%」は消費税率10%時を示している。
●主要企業の動向
 前回、保険調剤薬局数約5万3千(正確には53,642)店(都道府県別医療施設数及び薬局数(平成21年))、コンビニエンスストア44,520店(JFAコンビニエンスストア統計調査月報2012年2月)と書いたが、 更新されたデータを見ると、調剤薬局数54,780店(同平成23年)、コンビニエンスストア49,323店(同2013年12月)となっている。やはり保険調剤薬局がその数を上回ってはいるが、店舗数の伸びではコンビニエンスストアに劣後する結果となっている。主要企業の業績は下記の通りだが、基本的に小規模店の乱立状況は変わらないものの上位15位で遠からず売上合計1兆円に達するものと予想され、企業集約は徐々に進行している(表4)。
         (図表4:主要上位企業の業績)
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           (「調剤薬局の実態と展望 2013~2014年版」矢野経済研究所)
●具体化進む調剤薬局の破壊的(断続的)イノベーション
 まず、前回示した新たなパラダイムのポイントを、再度確認しておく。
①患者が医療機関で医療サービスを受けると、そのデータは医療クラウドにアップロードされネットワーク化された他の医療機関、調剤薬局等関係諸機関が共有できる。
②患者は、紙の処方箋ではなく、行政サービスにも使用できる国民IDカードを持参すれば、全国どこの薬局でも同質、同レベルのサービスを受けることができる。
③患者は任意の調剤薬局に出向き、IDカード+パスワード で患者情報開示の許諾をすると、調剤薬局側では当該患者に関する診療情報を参照すること が出来る。この医療情報の内容は、病院等の医師が見るものと同じである。薬局薬剤師は、診療方針の全体像について情報を享受することが可能になる。(現在 は、処方箋データのみ医療機関から受けている。)
④処方箋データは医療クラウドからダウンロードするので、調剤薬局でレセプトコンピュータに打ち込む必要はない。
⑤調剤薬局は、処方箋応受後、処方箋単位、患者単位で医薬品の発注作業を行う。したがって、原則として、患者はその場で処方箋内容と同じ医薬品を受け取ることはできない。頓服的投薬は、調剤薬局ではなく医療機関で1日分程度を処方する。
⑥医薬品卸は、処方箋単位、患者単位発注データを受信し、いわゆるバラ納品を基本とした納品システムを構築することが必要である。
⑦医薬品は処方箋単位、患者単位の梱包で納品される。現在調剤薬局で行っている相互作用、禁忌、重複投薬等のチェックは、病院等の医師が医療クラウドの提供するデータをもとに行うので、原則として調剤薬局で処方箋監査を行うことはない。
⑧患者は翌日以降クスリを取りに行くので、医療機関の門前は不便な立地ということになる。門前立地の薬局は壊滅状態になるかもしれない。
⑨調剤薬局で作成される薬歴情報も医療クラウドにアップロードされる。薬歴情報は、医療機関の医師も参照できる。
 その後、環境変化はどのように進んだのか。ここ2年間程でみられた周辺環境変化をみてみよう。
 まず、①②③④⑨に関連するものとして、国民ID(マイナンバー)と「どこでもMY病院構想」がある。
○国民ID(マイナンバー)の動向
 2013年5月24日に、いわゆる「番号法」が可決成立した。
 「破壊的イノベーション構想」では、この中に医療情報も入ることになるのだが、番号法で利用範囲とされるものは医療・介護保険では療養給付・保険料徴収に関係する部分に限定されている。当初のマイナンバー構想からは一歩後退した格好だが、これは情報セキュリティへの懸念があったものと想定される。
 平成24年9月12日付「医療等分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書」においては、「医療分野でやりとりされる情報は、機微性の高い情報を含むものであり、所得情報などと安易に紐付けされない安全かつ効率的な仕組みにする必要があることから、マイナンバーとは異なる医療等分野でのみ使える番号や安全で分散的な情報連携の基盤を設ける必要がある」とされ、マイナンバーとは別個の「医療等ID」の導入を提言している。
○どこでもMY病院構想の動向
 「破壊的イノベーション構想」において医療クラウドでやり取りされる情報は、こちらになる。すでに、大手ベンダー等によって情報システム面では具体化段階に入っている。「工程表」によれば、現時点では第1期サービスに加え第2期サービス提供の準備をしている段階である。
 マイナンバーにおいて懸案となっている医療等IDを使った利用データの検討対象はこの分野と思われるが、厚労省もHPKI(医療における公開鍵基盤)など情報セキュリティ向上策について十分な検討を行っている。
(図表5)
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 私見だが、情報の不正利用の態様として、
 ①正規にアクセスした者による情報漏えい・なりすまし入力
 ②サイバー攻撃など外部からの不正アクセス・情報盗取・なりすまし入力
 
 などが想定される。
 このようなものを想定した場合、マイナンバー・システムとのネットワーク非連携とすることでセキュリティ・レベル向上策になるのか再検討する必要があるのではないか。
 マイナンバー・システムからログインした者が医療情報を閲覧・操作等できることが懸念されるなら、アクセスの入り口部分を別途分けて医療等IDでログインする仕組みにすればよく、両システムを非ネットワーク化する必要はない。
 また、外部からの不正アクセスに対しては、システムを全く別に立ち上げ管理したとしても、セキュリティ・レベルが2倍になるわけではなく、同程度のセキュリティ・レベルのDBシステムが2つできるに過ぎない。
 次に、⑥⑦に関連するものだが、バラの医薬品ばかりを恒常的に取り扱う納品サービスメニューを実施している事例は、某大手卸グループや医薬品VCなどで以前から存在する。
 新パラダイムのポイントでは医薬品の箱等を開封して再度包装しなおすため、これが調剤行為にあたる可能性がある。これは、VCの場合でも同様である。そこで、現法令下においては、医薬品卸等が物流センター内に調剤薬局を開設して、処方箋単位納品に対応する方法等の対処が考えられる。
●医療データベースのネットワーク化で向上する調剤の安全性
 医療DBの進化がもたらすパラダイム構想のベネフィットは、迅速性・正確性ばかりではなく、2つの調剤「監査」の弱点を補強する手段でもある。
 調剤業務の流れの中では、「監査」(チェック行為)が2段階で行われる(図表6)。1回目は処方箋を受け取った直後の監査(①処方箋監査)、2回目は薬の取り揃え等終了直後の監査(②最終監査)である。
(図表6)
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①処方箋監査
 処方箋を受け取った直後に、お薬手帳の情報などを合わせ見て、重複投与、禁忌などの不具合がないかチェックする。これらは、薬剤師の知識・経験・レセコンの警告機能・薬歴が主たる情報ソースとなっている。しかし、お薬手帳がないと、他所での処方情報を把握することができない。
 ところが、お薬手帳に漏れなく情報が記入されているか疑わしいし、漏れた情報は調剤時に確認困難である。
 他にも、ドクターには言い忘れたが、薬局で質問されたので思い出して言及したことなども薬局側で記録している可能性がある。このような情報は、特別な機会でもない限り他の医療従事者間で共有されることはない。
②最終監査
 取り揃えた薬剤が処方箋通りであるか再確認する。原則的な流れでは、ここでミスは防止できることになる。
 しかし、限界はある。錠剤がヒートから出た状態(一包化など)だと表面の小さな印刷文字を確認するしかないので、判別作業はかなり困難だ。また、散剤(粉薬)、液剤(液体状の薬)は混ぜ合わせた後の現物確認はほぼ不可能となる。
 ※なお、取り揃え間違い対策の最後の砦としては、投薬時に患者とともに内容確認する行為がある。
 現在の調剤行為が手作業を基本とする以上、ヒューマンエラーを完全に防止しきれるものではない。しかし、医療情報を一元化することによって、共有すべき情報が処方元で把握できないことから生じる重複投与・禁忌薬処方の発生頻度は、低減させることができる。
●医療ローカルDBネットワーク化で想定される問題
 現在の患者(被保険者)情報は、地域での意識的な取り組みを除き、ほとんど外部医療機関・医療提供施設と横断的に連携していない。
(1) 同一人物に対して、国保・社保が切り替われば別の被保険者番号が付与される。
(2) 病医院で作成された患者データ(カルテ等)、院外薬局で作成された患者データ(薬歴等)は、各施設内の各々のローカルDBで内容の異なる(把握できた範囲の)情報が書き込まれる。
(3) しかも、これらの非連携データは、ローカルDB内で次々と追記され膨張を続けている。
 上記のような現状を顧みると、今後、患者情報統合において「名寄せ」の問題が浮上してくるのではないかと懸念される。現在でも、被保険者番号の繋がりが不明なレセプトがある。このままで、国民IDと過去の被保険者番号との紐付はうまくいくのだろうか。
●収益構造変化のシミュレーション
 前回、破壊的イノベーションの進行によって生じる環境変化として、①収益構造の変化、②店舗立地の変化、③薬局薬剤師に求められる能力の変化、の3つを指摘した。
 収益構造の変化では、薬局内で調剤しないことによる調剤報酬の削減に着目した。ここでは、もう少し突っ込んで減額の想定をしてみよう。
 今回は、「自薬局内調剤なし」の場合における調剤技術料を5分の1と前提した。これは、服薬管理指導などの数加算は残るのではないかという予想による。
 「自薬局内調剤なし」の対象となる処方箋枚数の割合は長期処方のものが中心になると思われるが、現実的な線引きが難しい。そこで日本医師会が行った「長期処方についてのアンケート調査」(2010年12月8日発表)を参考に、想定してみた。同調査によれば、「もっとも多い処方期間(診療しているすべての患者に対して)」のうち、4週~12週以上の占める割合は66.3%となっている。これは実処方日数の割合ではないため、あくまでも目安程度のものであるが、ひとつの視点としてご理解いただきたい。
 これらを前提すると、売上試算は次のようになる。
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 既存のコスト構造のままでは赤字になるが、店舗内調剤が7割近く減少するので人件費を削減することで対処するものとすれば、
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(試算前提)
①「大手」「中小」のデータは、消費税影響度予測(図表3)と同一のものを使用した。
②「自薬局内調剤なし」により、処方箋単価は20%減(技術料率は25%⇒5%で80%減)と想定した。
③「自薬局内調剤なし」の対象となる処方箋枚数の割合は長期処方のもの中心として66%と仮定する。
 大手販管費は、33.9%⇒23.0%で10.9%減(消費税率8%)、21.8%で12.1%減(同10%)という試算なる。
 これによって、雇用人材中心の労働集約的中小規模チェーン薬局は打撃を受け、一方、生き残った大手と家族経営の薬局、さらには調剤併設ドラッグストアに棚ボタ式に処方箋が流れ込む。電子機材を使って患者が在庫のある薬局を選び、処方データを事前伝送できるようになれば、薬局規模の大小に関係なく大規模団地のような後背地を抱える店舗が有利になってくる。
 もっとも、生き残りイコール安定という構図は簡単にはできそうにない。薄利=キャッシュインフローの悪化により、借入金の大きい薬局はさらに弁済に苦慮することになろう。
 なお、この施策による国民医療費への貢献額を試算してみると、次のようなる。
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 よって、1点10円なので総額で8千3百億円程度の減額。
 さらに公的負担割合は7~9割なので、5千8百億~7千9百億円の国民医療費削減効果が見込める。このシミュレーションでは調剤技術料80%減だけを試算したが、これだけ効果が見込めるなら、国として減額率を調整して実施することも十分検討に値するのではなかろうか。
■橋本 圭介
中小企業診断士
東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員