【はじめに】
議事録の録音~文字起こし~要約作成にPLAUDなどのAI録音サービスを使用されている先生も多くなっている中、その先駆けとも言える、オルツのAI議事録サービス「AI GIJIROKU」をご存じでしょうか?実は5年ほど前に中央支部においても、議事録作成業務の合理化を目的に当時就任前の佐藤前支部長のもと、興味本位の私が自費(ほぼ趣味)で契約、導入を検討しておりました。しかし、実運用での誤変換があまりにも多く、あらかじめ発言者全員の声紋サンプリング必要であることが判明し、最終的に採用に至らなかった経緯がありました。
【10/9日本経済新聞】
「人工知能(AI)開発のオルツ=8月に上場廃止=の不正会計問題で、東京地検特捜部は10/9、決算を粉飾した疑いがあるとして、同社元社長の米倉千貴容疑者(48)や前社長の日置友輔容疑者(34)ら4人を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載など)容疑で逮捕した。」
これは実態のない取引を多数計上し、売上の9割以上を水増ししていた疑いで、元社長らが逮捕されるという、いわゆる「循環取引」による粉飾決算事件でした。本件は単なる経理ミスではなく、経営陣以下の組織ぐるみの犯罪と報じられました。その後、元経営企画部長の塩川晃平氏(公認会計士)の内部告発に関わる顛末のインタビュー記事が10/13の日経新聞に出ていますので関心がある方はそちらもご覧ください。
粉飾決算とは、会社の財務状況を良く見せるために、売上や利益を実際より多く見せたり、費用や負債を過少に見せたりする行為です。これにより、投資家や金融機関、取引先を欺くことになり、社会的な信用を根底から失う結果を招きます。オルツ事件では、循環取引や架空売上の計上を通じて不正が繰り返されていたとされています。上場企業だけでなく、中小企業であってもステークホルダーに対する裏切りという意味では非常に重要なテーマと言えます。
このような不正が起こる背景には、「ガバナンス(組織統治)」「コンプライアンス(法令遵守)」「説明責任(アカウンタビリティ)」の欠如があります。本稿では、この三要素の重要性と、中小企業がどのようにこれらをどのように実践していくべきかについて、わかりやすく整理してお伝えします。
【第1章:コンプライアンス:法令を守るという前提】
コンプライアンスとは、法律や社会規範、業界のルール、そして自社の社内規程を含む「守るべきルール」に従うことを意味します。粉飾決算は、明確な会計ルール違反であり、刑事罰の対象にもなりうるかなり重大なコンプライアンス違反です。
オルツ事件では、売上の9割以上が架空取引で構成されていたと報道されており、これは企業としての信頼を失うだけでなく、従業員や取引先、投資家に多大な損害を与える行為です。経営陣が意図的にルールを破ったとして、それを周囲が止められなかった、あるいは見て見ぬふりをしていたという体制そのものが、企業統治の脆弱さを露呈しています。(統治している側の指示での粉飾なので、見抜けなかった監査体制や主幹事の証券会社、上場を認めた東証の責任も問われてしかるべきですが…)
上場をしていない中小企業においても、税法、労働法、会社法、個人情報保護法など、守るべき法令は数えきれないほど多数存在します。重要なのは、それらを「知らなかった」では済まされないという点です。ましてや意図的にルールを破るのは言語道断。法令遵守は、経営の最低限の土台であり、全社員にとっての共通認識とされるべきです。
【第2章:ガバナンス:ルールを運用する仕組み】
ガバナンスとは、企業の意思決定や運営を、透明性と公正性をもって進めるための「仕組み」です。単にルールがあるだけでは不十分で、それを確実に実行させるための監視・統制・牽制の構造が必要です。
オルツ事件では、社内での意思決定が一部幹部に集中していた点や、取締役会や監査が機能していなかったとされています。これは典型的なガバナンス不全であり、不正が組織的に温存される温床となっていました。
中小企業における実践的なガバナンスとしては、以下のような仕組みが考えられます:
- 一定額以上の支出には複数名の承認を要する制度(リスケ中の企業など場合によってはさらに厳しい承認の制度も必要)
- 定期的な経営会議と議事録の作成・共有
- 役員の職務分掌と責任の明確化
- 外部の弁護士・会計士・中小企業診断士・税理士・社労士との連携による第三者チェック
特に中小企業では、「社長のツルの一声」で全てが決まる体制になりやすいため、組織的な牽制の仕組みを意識的に導入する必要があります。
【第3章:アカウンタビリティ:説明責任という信頼の源泉】
説明責任(アカウンタビリティ)とは、企業が行う意思決定や業務の内容について、関係者に対して「なぜその判断をしたのか」「どういう結果になったのか」を説明し、納得を得る責任のことです。ごくまれに何を問われても一切説明しない(できない)無能な代表者がいらっしゃいますが、それは問題外として…(笑
オルツ社では、報道後に社長が記者会見を開いたものの、説明が全く不十分であったという評価がなされています。投資家やメディアからの追及に対してエビデンスに基づく的確な対応ができなければ、信頼はさらに失われ、回復は困難になります。
中小企業においても、説明責任(アカウンタビリティ)は避けて通れません。たとえば:
- 銀行との融資交渉における決算内容の説明
- 社員への経営方針の共有
- 利害関係者への支出報告や予算の透明性
これらはすべて、企業の信頼を維持し、長期的な安定を築くために欠かせない行為です。
【第4章:三位一体で機能する経営基盤】
ガバナンス・コンプライアンス・説明責任(アカウンタビリティ)は、それぞれ独立した概念であるように見えますが、実際には密接に連動しています。
- ガバナンスがなければ、ルールは形だけになり、コンプライアンス違反を招きます。
- コンプライアンスがなければ、仕組みがあっても信頼されず、説明責任(アカウンタビリティ)も果たしようがありません。
- 説明責任(アカウンタビリティ)がなければ、たとえルールを守っていても、その成果を社会や取引先と共有できず、信用と信頼関係を築くことができません。
この三要素が一体となって機能してこそ、企業経営は社会的に認められ、持続的な成長が可能となります。
【第5章:中小企業における実践のポイント】
中小企業であっても、以下のような実践によって、三要素を日常業務に落とし込むことができます。
- 社内規程を整備し、社内に周知徹底する(就業規則、経費規程など)
- 経営会議を定期的に開催し、議事録を残し、社内共有する
- 会計・財務情報を月次で整理し、必要に応じて社員や取引先と共有する
- 倫理的判断に迷ったときは、社外の専門家(弁護士、会計士、中小企業診断士、税理士、社労士等)に相談する
- 社員からの内部通報や意見を受け付ける体制を整える
- 法律だけでなく、加盟団体や上部組織、親会社の規定やルールに抵触しないか常にチェックを怠らない
【おわりに】
オルツ事件は、上場企業であっても、ガバナンス・コンプライアンス・説明責任を軽視すれば、一瞬で企業としての信用と未来を失うという教訓を残しました。
企業経営において、信頼は最大の資産です(特に金融機関に対して)。規模の大小に関わらず、健全な経営体制を築くために、ガバナンス・コンプライアンス・説明責任(アカウンタビリティ)の三本柱を確実に実践していくことが求められます。
ついでに。
今後の中央支部においてもガバナンス・コンプライアンス・説明責任の3つを意識しての運営が重要ですね。
【Profile】
大根田 陽介(おおねだ ようすけ)
2013年 中小企業診断士登録
一社)東京都中小企業診断士協会経理部長、中央支部副支部長
新卒後、大手印刷会社・出版社と20年余りを紙媒体業界にどっぷりと浸かる。(主に法人営業とマーケティング、広告宣伝)
診断士登録後、弱小IT企業で連結決算・管理会計システムの営業を経て、2021年緊急事態宣言の最中に無謀にも独立。
販路開拓、営業体制構築、管理会計導入、創業サポート、茶飲み話などの支援が中心。
趣味は4輪&2輪(整備・改造~洗車、ドライブ、模型製作、ミニカー投資)、PC(自作、改造)、機械式腕時計のメンテナンス&修理などメカいじり全般。