Global Wind (グローバル・ウインド)
上海レポート
中国社会も多様化…”富裕層”でひとまとめは危険です!

中央支部・国際部 上海在住 後藤さえ

 2010年10月に在上海某都道府県事務所のビジネスアドバイザー(非常勤)となって、1年半が過ぎた。もともと夫の転勤で上海に転居したことから、週2~3日の出勤で、上海以外への出張等はない。同事務所での私の主な業務は①面談記録等のデータ管理、②在中国日系中小企業の支援ニーズ分析(アンケート)、またその結果に基づく同県出身企業の交流会や経営管理に関する勉強会の企画・開催、③現地調査会社を用いて、或いは独自での市場調査であり、件数は然程多くはないが、個別相談も担当している。
 今日は上海での1年半の活動を通して、「在外中小企業診断士も、やるべきことは沢山ある!」と感じたことを、いくつかのポイントを挙げながら述べてみたい。
 さて、そのポイントに入る前に、中国・上海のイメージを思い浮かべていただこう。
 2010年、私が上海に来た年は、上海万博イヤー。国の威信を賭けての都市環境整備やサービスマナーの向上が著しい年であったとともに、”世界の市場・中国”の最初の拠点として世界各国企業が上海に事務所を構え、瞬く間に国際色豊かで便利な大都会に様変わりした年でもあった。
 その後、経済成長は一部鈍化しつつも2012年第一四半期上海域内GDPは前年度同期7.0%の成長を維持し(上海市統計局発表)、製造業の成長減速の一方で第三次産業が前年同期比8.9%と勢いを増している。特にインターネット業界は成長が著しく、2012年度第一四半期の中国ネット広告市場は前年度同期比56%アップの140億3000万元と推計されるとのこと(新華網報道より)。また、インフレは健在で、先日、中国国家統計局は2012年3月の消費者物価指数(CPI)上昇率が前年同月比3.6%と、2月の3.2%から加速したと発表、消費物価では食品、特に野菜は20.5%も上昇し、卸売物価では原材料の上昇が目立っている。
 また、上海の日本人社会も拡大を続けている。正式に居留届を提出して滞在している人以外にも、長期出張や出張ベースで日本と上海を往復している人を含めれば、日本人滞在者が(日本以外で)世界最大の10万人とも言われており、在外の日本人学校としては世界初の日本人学校高等部が上海に昨春開校、生徒数も上海市内の二校併せて3,200名余りと、敷地確保の問題が深刻化しているほどである。
 在上海日系企業の状況については、上海市商務委員会の陳先進副主任が先日、日本メディアに明らかにしたところ、2011年に日本企業645社が上海に進出、同年末までに上海に進出した日本企業は約8,800社、累計投資額は199億300万ドルになり、外資の中では企業数で13.8%、投資額で10.2%を占めるという。また、陳副主任によると、製造業、中小企業、独資が多いことが上海の日系企業の特徴のこと。(時事通信華東版より)
 世界の工場から世界の市場へ!という流れで、販路開拓目的の中国進出が増えているが、まずは在中日系企業向けの供給に始まり、次にターゲットをローカル市場に向けていく、といった成長シナリオも多く見られる。また、製造業のみならず、増加する日本人滞在者向けの各種「日本的」サービス・商品の供給も同様のシナリオであり、私の勤務する事務所でも製造業の相談が中心でありながらもサービスや小売の案件も増えつつある。
 さて、ようやくポイントである。中国進出目的が、製造業のコストダウンから、各種業界の(日本人社会を含む)中国市場開拓に多様化している中で、以下のような問題に遭遇する。
【例1】とにかくロットが大きい
 苦労して中国企業からの受注をとりつけたものの、1ロットがとにかく大規模であり、中小企業にとっては資金面でも生産能力面でも困難である、というのをよく聞く。逆に中国での材料調達でも、「(品質や与信面から)少しずつ試したい」という日本企業の思いはなかなか叶わず、大量購入を強いられる。また品質的にも日本製品に比して結局検品等でコストがかかり、日系企業間での取引に落ち着いてしまう。
【例2】日系企業のトップは日本人
 漢字で筆談すれば通じることもある日中コミュニケーションだが、「駐在員」を中国語読みしても、全く通じない、完全な日本語である。在外大手日系企業では当たり前のように日本人が駐在し、現地法人のトップとなるが、向上心の高い現地スタッフにとっては、出世の可能性もなく、上司も数年ごとに変わることは、モチベーションダウンに繋がる大きな原因だろう。逆に、海外にまで十分なマンパワーが割けない中小企業の方が、現地スタッフを頼り、責任を託すことで、土地勘のある現地スタッフが市場に見合う戦略をとり、上手に海外市場展開に漕ぎつけている例もあるようだ。(日本以外の外資系在中国現地法人は、現地スタッフがトップであることが多い)
【例3】コストが安いのには理由がある
 日本人社会が拡大・充実し、海外にいる不便さを感じることの少ない上海。現地スタッフも日本語ペラペラ。そんな環境にいるからか、ここにいる日本人は(私を含め!)往々にして商品・サービスの質、スタッフの勤務態度に「日本の基準」を求めてしまうのである。しかも、「対価は中国の基準」で。中国社会で生活する中国のスタッフに、日本の基準を要求するのであれば、それなりの対価も準備する必要があるということであろう。物価高とはいえ、まだ日中間には差がある。それは文化や社会背景の違いでもあることを常に肝に銘じておかないと、取引でも労使間でもトラブルの火種になりかねない。
【例4】富裕層に売りたい?
 中国市場を目指す日本企業からよく聞く言葉だが、「富裕層」とは一体誰なのか、明確にイメージされての発言は少ない。今、都市部を中心に中国がどれだけ変わり、モノが溢れ、消費欲が旺盛になっているか、そして日本人とお金の使い方がどれだけ違うのか、一昔前のイメージだけで中国市場をとらえている人が大多数なのではないかと思われる。
 上海では、世界各国のレストランが(しかもその国のシェフ駐在)どこにでもあり、食の安全に関心が高まり値段が数倍の有機野菜が売れ、若者はネット通販で買い物し、商品やサービスの情報をクチコミ・サイトに投稿し、属性や趣味を登録したユーザー向けにインターネット調査もできる時代である。都市部の結婚披露宴の平均金額は日本円にして約150万円程度とのニュースもあったが、農村部や貧困層の格差問題はあるにせよ、使うときには思い切って使い、新商品には飛びつく「活気ある」市場。上海市の人口は2,300万人、1億人を超える省もあるのだから、中国で「富裕層に売る」という考え方が、どれだけあやふやな定義なのか、想像いただけるかと思う。
【例5】情報は溢れているのに…
 上記にも関連するが、中国市場をめざす割には、中国の情報を積極的に集める企業が少ないようにも感じる。日系の調査会社も進出し、フリーの公開調査情報もあちこちに存在するのに、あまり知られていないのがもったい無い。あるいは、日本にいても、概して中小企業の経営者は、マーケティングに馴染みが薄いのかもしれない。また、中国に駐在されていても、日本人向けサービスを受け、日本料理レストランで食事し、休日は日本人のサークルで活動することで、実際の中国社会とつながりを持たない人の方が多いようだ。幸か不幸か、私はこちらで主婦業も兼任していることが、アドバイスに繋がることもあり、必要な情報を積極的に・的確に収集すること、そしてその収集をサポートすることも大きなニーズがありそうだ。
 海外事業展開となると、通貨の問題や法制度の問題等に先ず目が行ってしまうようだが、ここ上海には沢山の専門家が居られ、日本人向けフリーペーパーの広告や記事から日本語可能な弁護士事務所や会計事務所を探すのに苦労はしない。
 ただ、世界の市場・世界の工場(まだ健在)はまだまだ未曾有の部分が沢山あり、なんといっても日本とはスケールが違う。だからこそ市場を仮定し事業計画を策定することが必要だ。
 何のために、誰を対象に、どこで、どんな事業を展開するのか。
 日本での経営管理と全く同じことが、ここ、中国でも(いや、中国でなくても)求められる、ということである。特にマーケティングについては、大市場に慣れていない日本人にとっては非常に重要で、投資資本に限界のある中小企業なら猶更である。
 中国だから大変、中国だから特別、と、目先の問題解決に必死になっている経営者に対して、大所高所から冷静にアドバイスすること、そして海外で倍増する孤独と戦う経営者の話を傾聴することも、在外の中小企業診断士に求められることではないかと思う。
 私もあと、どのくらい上海に居られるかわからないが、大陸にいる限り、中国語や中国の諸制度の勉強もさることながら、求められる診断士としての感性を研磨していきたい。
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ショッピングセンターでは男性の美のコンテスト
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建築が進む高層ビルと歩道上部に伸びる洗濯物
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路地を入るとこんな光景も
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外国人が集う国際教会(中国人はなぜか入場禁止)