Global Wind (グローバル・ウインド)

中央支部・国際部 皆川 真人

 街中を歩くと多くの訪日外国人を見かける事は珍しくなくなりました。2020年に東京オリンピックを控えている影響なのか、最近は一層多くの外国人観光客の方を目にするようになり、はるばる海を越えて日本の観光資源や文化に触れに来ていただいていると思うと感慨深いものがあります。特に国内需要がピークを越えた我が国からしてみると、今やこうしたインバウンド需要は企業にとって無視できないビジネスチャンスにもなっています。

訪日外国人増加の背景

 そもそも、訪日外国人数が増えた背景は、オリンピック特需によるものだけではありません。2003年に政府主導で「ビジット・ジャパン・キャンペーン」という施策を立ち上げ、当時年間約500万人に留まっていた訪日外国人旅行者数を倍増させ、観光立国にするというのが狙いでした。この構想は、時の内閣総理大臣 小泉純一郎氏が、施政方針演説で発表した事から始まりました。約15年前の話です。
 下のグラフは訪日外国人旅行者数の年別推移です。途中のリーマン・ショックと東日本大震災による影響を除き、訪日外国人旅行者数は右肩上がりに増え続け、2013年には1,000万人を突破しました。ビジット・ジャパン・キャンペーン発足から10年で目標の倍増を果たしたのです。その後益々増加し、2017年には過去最高の2,800万人を超えました。また、今年2018年8月末時点で2,130万人を記録し、これまでで最も早いペースで2,000万人を超えたという報道がありました。
01_訪日外国人旅行者数

※2018年は9月までの実績
出所:日本政府観光局(JNTO)

 そうした中、日本政府は2017年6月に「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」(議長 安倍晋三 内閣総理大臣)を開き、訪日外国人旅行者数の目標人数を、2020年に4千万人、2030年に6千万人と一気に倍増させる事を発表しました。

日本の決済事情

 訪日外国人に限らず、見知らぬ外国を訪問する際は誰でもその国で使用できる通貨に両替すると思います。クレジットカードが使えるホテルやレストラン等以外の場所では、現金で支払う必要があるからです。
 もちろん、最近ではクレジットカードや現金以外の決済の手段はあります。中国ではほとんどの決済シーンにおいて、「支付宝(Alipay)」や「微信支付(Wechat Pay)」といった、スマートフォンと二次元バーコードを使ったキャッシュレス決済が当たり前になっているという話を良く聞きます。日本においてはキャッシュレス比率が約20%と諸外国に比べて低いという実情はありますが、交通系ICカードやクレジットカード事業者が運営するキャッシュレス決済端末を置いている店舗も少なくありません。
 しかしながら、自国民であれば簡単にそれらの決済手段を持つ事ができますが、初めて来訪する外国人にとっては、なかなか容易な事ではありません。実際、Alipayであっても、アプリをダウンロードし、中国語の画面から辿り、クレジットカードを登録してチャージするという手順を踏まなければなりません。
 やはり、訪日外国人旅行者にとっては、自国の通貨を日本円に両替し、現金を持つというプロセスが必要になります。

自動外貨両替機

 さて、皆さんが外国を訪問する際に、どこで外貨に両替するでしょうか。空港、ホテル、銀行、街中の両替所といった答えがあがると思います。
 実はもう1つポピュラーな両替手段があります。最近、駅やショッピングモールで、下の写真のような機械を目にした事はないでしょうか。コンビニエンスストアに置いてある銀行ATMと同じ様な形をしているこの機械こそ、自動外貨両替機なのです。
02_自動外貨両替機

 自動外貨両替機とは、その名の通りセルフサービスで外貨両替を行える機械です。機械上部の画面がタッチパネル式ディスプレイになっており、表示された手順に従って自国の通貨を挿入すると、設定された両替レートに従って計算された額の日本円の現金を受け取ることができます。
 実はこの自動外貨両替機を製造している国内トップシェアメーカーは、滋賀県草津市に本社工場を構える株式会社暁電機製作所(アカツキデンキセイサクショ)という中小企業*です。(*中小企業基本法で定める中小企業。製造業の場合、資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人。)
 

暁電機製作所の挑戦

株式会社暁電機製作所は滋賀県草津市に本社工場を構える資本金8,800万円の中小製造業で1969年に創業しました。経営目的は「人間の心の成長を大切にする経営」、経営理念は「のびのび、いきいき、はつらつ」としています。暁電機製作所の一員として「『仕事』のびのび、『眼』いきいき、『動き』はつらつ」という姿で、会社の成長とともに社員1人1人も成長してほしいという思いが込められているそうです。
マイクロエレクトロニクス・マイクロコンピュータを応用した各種システムや機器の受託製造が創業以来からの事業であり、製品の設計・開発・製造を自社工場で行っています。マイクロエレクトロニクスやマイクロコンピュータはいわゆる「組み込みシステム(Embedded system)」と呼ばれるもので、特定の機能を実現するために機械等に組み込まれる制御用コンピュータシステムのことです。暁電機製作所では、組み込みシステムのみの半製品だけではなく、筐体やソフトウェアを組み合わせた完成品も提供しています。

■株式会社暁電機製作所 ホームページ
http://arunas.co.jp/

1995年には創業以来の最高売上を記録しましたが、その後、安価なパーソナルコンピュータ基盤の台頭や、景気悪化の影響を受け、2009年の売上はピーク時の4割近くまで落ち込みました。
 そのような危機的状況を打開するために、暁電機製作所は2008年から本格的に自社商品事業に乗り出しました。受託請負を生業にしてきた製造業者が自社商品事業にシフトして上手くいった例はあまり聞いた事がありません。暁電機製作所も自社商品事業に取り組んだ当初は、ほとんど売上に貢献できる実績は残せませんでした。また、自社商品事業は受託製造事業と違い、製品企画、マーケティング、プロダクトライフサイクル管理、保守といった、今まで経験した事がない機能を持たなければならず、未経験分野の課題を1つ1つ乗り越えていく必要がありました。
 そして2013年の春が過ぎ行く頃、暁電機製作所に大きな転機が訪れます。大手流通企業系列のある銀行が外貨両替機の導入を検討しているという事を当時の営業担当が聞きつけました。ちょうどその頃、アベノミクスによる円安が進み、訪日外国人旅行者数が急増し始めた時期でした。外貨両替の需要が高まっていたにも関わらず、当時、自動外貨両替機を製造している会社は国内に2社しかなく、その内の1社も市場参入したばかりといった状況でした。その銀行からの注文が決まっている訳ではない状況で、その営業担当が「インバウンド市場は伸びている。やるリスクより、やらないリスクの方が大きい。」と言って社内を説得し、2013年8月に自動外貨両替機の開発をスタートさせました。
 2013年9月7日、ブエノスアイレスで開かれたIOC総会において、ジャック・ロゲIOC会長によって2020年夏季オリンピック・パラリンピック競技大会の開催都市が東京に決定したと発表されました。そして同年12月、暁電機製作所製 自動外貨両替機の第1号機がその銀行に導入されました。

インバウンド需要による事業成長

 販売開始時には数台程度だった暁電機製作所の自動外貨両替機は、訪日外国人旅行者数の急増を背景に、2018年10月時点で590台の出荷台数を記録しました。外国人旅行者が多く集まる東京の秋葉原や大阪の日本橋をはじめ、駅、ホテル、ショッピングセンター等で暁電機製作所の自動外貨両替機は活躍しています。
 暁電機製作所は、自社商品事業やインバウンド市場といった大きな課題を乗り越え、現在では売上の3分の1を自社商品関連で占めるまでに至りました。そして前年度には1995年を超す売上を達成する事ができました。
03_累積出荷数

 現在の我が国は景気が悪い状況とは言えないかもしれませんが、長期的には人口減少という現実に直面していきます。内需が減少するという事は、必然的に海外に出ていくか、インバウンド需要を取り込むといった多角化の選択肢が生まれます。しかしながら、グローバルビジネスの経験が薄い中小企業にとっては、どちらも大きなチャレンジといえます。
 暁電機製作所は、インバウンド需要の取り込みの成功に留まらず、現在では海外進出を計画しています。グローバルビジネスに挑戦する中小製造業の1つの事例として、今回紹介させていただきました。
 実際に街中に設置されている外貨両替機は、上記写真の筐体に派手なカラーリングが施されています。街で見かけたら、少し足を止めてみていただければ幸いです。

取材協力:株式会社暁電機製作所

■筆者プロフィール
皆川 真人(みながわ まさと)
ムーブエフコンサルティング合同会社 代表
中小企業診断士、MBA(AACSB/AMBA)、PMP、MCSE、CCIE
1975年4月24日生まれ
IT事業会社、大手通信事業会社、大手コンサルティングファームを経て独立。
事業戦略コンサルティング、IT・クラウドコンサルティング、デジタルトランスフォーメーションを得意とする。すべての中小企業がIT・クラウドを活用し、わが国一人あたりGDPの向上に貢献することを目指して、ムーブエフコンサルティングを設立。
明治大学商学部卒業。名古屋商科大学大学院ビジネススクール修了(首席)。修士(経営学)。