国際部 森畑和之

はじめに
 私は、2014年3月から2017年5月まで約3年間をインドのデリー近郊で駐在生活をしました。日本とは全く異なる生活環境、習慣、文化、仕事の進め方、物事の考え方にどっぷりとつかり、1日1回は何かに驚き、週に1回は不思議な出来事に遭遇しながら暮らしてきましたが、そんな3年間の中でも一番記憶に鮮明に残っている出来事、2016年11月の「高額紙幣の廃止」を紹介したいと思います。

1.突然の発表
 2016年11月8日、世間の話題はアメリカ大統領選挙の結果で一色でした。よもやのトランプ大統領の誕生、ヒラリー・クリントンの敗北。そんな沸き返る世間の裏で、インドではモディ首相が午後8時に大変な演説をしたのです。「ブラックマネーと戦うため、明日から500ルピー札(1ルピー=1.5円程度)と1000ルピー札の高額紙幣を廃止する。」事前の報道もなく、いきなりの首相の宣言で、まさに青天の霹靂。
 これにより、当時の紙幣の最高額である500ルピー、1000ルピー札は一夜にして旧札になり、使えなくなりました。日本で例えるならば、突然首相がある晩の8時に、4時間後から5千円札と1万円札が使えなくなります、といきなり発表したようなもの。
 ブラックマネー、特にテロリストなどに流れる資金の取り締まりのために、高額紙幣の使用を停止し、多額の現金を新紙幣への交換や預け入れに来たところを捕捉することを目的に実施したものです。目的達成のため、事前の情報や準備は全くなく、情報漏えいを防ぐため、首相と中央銀行総裁だけで実施を合意して、タイミングを見計らい、ここぞとばかりに実行に移した、と言われています。

2.発表の内容
 高額紙幣廃止の内容は以下のものでした。
・11月8日の午後8時ごろに行われたモディ首相の演説終了後、日付の変わった4時間後から500ルピーと1000ルピーの使用をごく一部の例外を除き禁止。
・銀行は1日停止、ATMも2日停止。
・2016年12月30日までに旧札を銀行口座に預入することは可能。
・11月10日から新たに2000ルピー札を発行する
・新500ルピー札はデザインを決め、数週間後から発行する
・銀行口座からの引き出しは当面1日2000ルピーのみ。
その後も10000ルピーまでに制限される。
・11月10日より市中銀行にて、旧札から新札、または100ルピーへの両替を開始するが 当面の両替の上限は4000ルピーまでとする。

 この内容だけでも、国中が混乱することは手に取るように分かるのではないでしょうか。突然紙幣を廃止し、その代わりとなる新札はこれから刷る、また、新500ルピー札に至っては、数週間後から発行する、のですから。
 私と家族は当時休暇で日本に帰国しており、インターネットのニュースサイトで読み、時差で日本は深夜でしたので、「なんだかまた変わったことがあるんだね」、ぐらいの話を妻として、そのまま寝てしまったのですが、翌朝になり、次から次へとSNSで届くインドからの大混乱の情報に、なんだか別の惑星の話のようにポカンとしていたのを記憶しています。

3.発表後の混乱
 当然ですが、突然紙幣が使えなくなり、切り換えの新紙幣はこれから刷ります、という状況ですので、国中で大混乱となりました。どこの銀行でも取り付け騒ぎのような大行列。ATMはほとんど稼働しておらず、旧紙幣の預け入れに両替、現金の引き出し、手持ちの現金がない人々が銀行窓口に押し寄せました(写真1、写真2)。

写真1:銀行の大行列
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写真2:貼り紙だらけの銀行
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 空港の両替所も現金がありませんから、開店休業状態(写真3)。私は駐在者でしたので、いろいろと手を打つことができましたが、たまたま旅行や出張でインドに来られた方は一体どうしたのでしょうか。インドの空港に到着して現金が手に入らなかったとしたら、その状態で何日も過ごさないといけないとしたら、想像するだけでもぞっとします。

写真3:空港の両替所
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写真4:パニックにならないよう、冷静な対応を訴える新聞広告
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 農村部などATMも銀行もアクセスがなかなか大変な地域では、タンス預金をするのが普通になってしまっているのですが、自分のタンス預金が紙くずになってしまった、と勘違いし、悲観して自殺する、といった痛ましい事件も報告され、政府からパニックにならないように、と新聞広告で呼びかけがありました(写真4)。
 現金不足は当然簡単には解消されず、私が帰国するまでの半年以上、市中のATMがフル稼働に戻ることはついぞありませんでした(写真5)。

写真5:まったく動かないATM
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 当時住んでいたマンションに1台ATMがあったのですが、時折、現金が補充され、上限4000ルピーまで下ろせるようになることがありました。ATMが利用可能になっていることを発見すると、近所の日本人同士、連絡を取り合い、現場に急行していました。現金が入ったATMを地図上に示すアプリができ、早速そのアプリで示すATMに行ったものの、着いた頃には現金がとっくにないなど、それはそうだよね、という経験もしました。まるで貧乏学生のように、財布の中の心もとない現金を何度も確認し、何とか現金を使わないように暮らし、時には意を決して、稼働しているATMの長い行列に並び、何とか2000ルピー(約3000円)を手にするという生活を送っていました。
1か月ほどすると、少しずつではありますが、現金が流通するようになりましたが、ATMでは以前上限でも4000ルピーしか下ろせません。何かと現金は必要となるため、月に1回~2回銀行の窓口に行っては数時間行列に並び、現金を確保する生活が帰国までずっと続きました。窓口で現金を引き出すことはできず(そのような処理はもともと想定されていなかった?)、自分を受取人とした小切手を自分が書いてそのまま振り出すという、これまた何とも変わった処理でした。
 私が感心したのは、外国人・インド人関わらずこうした大変な苦労があったのですが、この高額紙幣廃止はインドの国民からの支持率が高かったことです。一人一人がインドにはびこるブラックマネーとの闘いに参加しているのだ、多少の苦労など国民として当然だ、との意見が圧倒的に多く、当時の新聞記事では8割以上が賛成していたと記憶しています。こうした、いつもはバラバラで好き勝手暮らしているようにみえて、いざとなると団結するインド人を不思議ながらも頼もしく見え、また、同じ困難をともに経験している同志のような感覚で過ごしていました。

4.高額紙幣廃止による電子化の進展
 高額紙幣の廃止は、特に現金での取引が主流の小売業に当初は大きな影響がありました。また、インド政府の目論見とは異なり、旧紙幣からの換金によるブラックマネーのあぶり出しも大成功とは言えませんでした。
 しかしながら、GDP成長率を見ると、2016年、2017年ともに6%以上に成長率を保ち、経済的に大打撃を与えるほどの悪影響を及ぼすこともなく、現金が蒸発したことにより、決済の電子化が大幅に進むというプラスの効果がありました。
 高額紙幣の廃止が発表された1週間後には、新聞広告にはこのような広告が並びました。

写真6:大手スーパーのキャッシュレスバーゲンの広告
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写真7:QRコード決済アプリの広告
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 当初は写真6のように、デビットカード、クレジットカードの利用を促す広告が多かったのですが、次第に当時まだ黎明期であったQRコードを利用したスマホ決済アプリが一気に伸長し、写真7のように次々と広告を打ち、顧客を獲得していきました。QRコードを印刷した紙が1枚あれば、投資なく導入できるスマホアプリでの決済は、現金が蒸発した小口の取引にはまさにうってつけで、またたく間にインド中に広がっていきました。
 この時、インドで決済アプリとして大きく成長したアプリの1つに Paytmがありますが、ソフトバンクが出資していました。ソフトバンクで日本の決済アプリというと、そうです、日本でのシェア1位であるPayPay はこのPaytmとの連携により日本でのサービスを開始しています。私がPayPayを初めて使った時、「名前も聞き覚えがあるし、画面の操作感も同じだし、さては・・」と思い、調べたら、ああやっぱり、と思った次第です。
 その後、この電子化の流れはこれにとどまらず、翌2017年7月にはインドの複雑な税制度を集約し、電子申告を可能にした「GST(物品サービス税)」が導入され、政府側も民間側も、税務処理が大幅に効率化しました。さらには、生体認証情報を登録し、個人の銀行口座情報も紐づけた、インド版マイナンバー制度である、アダール・カードが導入され、既に11億人以上のカードが発行されています。日本でもコロナ対策の一時給付金で行政の効率化のためのマイナンバー・カードの発行が話題になりましたが、こうした行政の電子化については、インドが大幅に進んでいるようにみえます。
 高額紙幣の廃止は、当初の目的の効果が十分に発揮されたとは言えませんが、決済の電子化による透明化、効率化の側面では非常に大きな影響を与えたと言えます。

おわりに
 高額紙幣の廃止ですが、もう遠い昔のはずなのですが、秋が近づくと毎年のように思い出されます。インドに数年過ごしていたのに、その自分でも想像すらできないことが突然起こり、それに対して周囲と協力して何とか生活していく。それは、私にとって貴重な経験でした。もちろん、そんな経験はしない方が良いのかもしれませんが。
 とにもかくにも、こうした自分の想像をはるかに超えてくるのが、インドに住む醍醐味?なのでしょう。また、こうした大混乱を契機に社会を変えていく、そんなインドのしぶとさ、したたかさを強く感じた出来事でもありました。

■森畑 和之(もりはた かずゆき)
2001年より大手メーカ系IT子会社に勤務し、主にITインフラ担当のSEとして従事。勤務先のインド子会社の設立のため、2014年3月から3年間強をインド・デリーにて駐在員生活を経験し、PMI活動などを担当。2021年中小企業診断士登録。