1. 現状と課題

AIやIoT等ソフトウェアのスタートアップ企業も、ソフトウェアの開発だけでなく、独自のハードウェアを企画・開発・製造し、販売する必要性も高まっている。しかし、特にハードウェアの製造については、そのノウハウが大手メーカーやその下請けに留まっており、ソフトウェアとハードウェアを融合したサービスをタイムリーに提供できないのが現実である。

一方、広東省深センは、中国本土の4大都市の一つで、ハードウェアのシリコンバレーと言われ経済特区にも指定され、世界中のハイテク製品を生産する工場が多数存在している地域になっている。深センに密集する壮絶な数の町工場ネットワークは、超高速な少量多品種のプロトタイプ生産を可能にし、それが作り出すエコシステムが構築されている。

このエコシステム、日本が得意とする品質や信頼性を犠牲にしても、小ロットの製品を安く、そして早く提供できる点で、資金に制約があるスタートアップ企業にとって魅力的な仕組みと言えよう。日本で小ロットの製品を素早く製造するには、コスト面や品質面で制約があり、試作品を何回か作り検証したいスタートアップ企業にとっては、敷居が高いのが現状である。

この現状から、アメリカのシリコンバレーと中国の深センで、ソフトウェアとハードウェアを融合したサービスのエコシステムは完結してしまい、日本が得意としてきたもの作りとMade in Japanのブランドが失墜し、日本の国際競争力が低下してしまう危険性が高まると思われる。

経済産業省も、日本の強みを活かし、世界に対して求心力・発信力の両方を有するものづくりスタートアップエコシステムの確立を喫緊の課題として捉えている。

その具体的な1つの施策として、スタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」と、スタートアップの量産のための試作や設計をワンストップで支援する拠点「Startup Factory」の2つの仕組みを考案し、積極的に支援を推し進めている。

そこで、ものづくりスタートアップにおける課題を明確にしたのち、これら2つの支援の活用方法について説明する。

 

  1. ものづくりスタートアップの課題

ソフトウェアの企画・開発・販売と違い、ハードウェアの企画・開発・販売には、大きく分けて2つのハードルがあると言われている。1つは事業計画の壁、もう1つは量産化の壁である。

事業計画の壁については、スタートアップオフィスなどの創業支援や公的機関などの技術面・試作品製作の支援を受けられる環境が整ってきていると言えよう。

しかしその一方で、量産化の壁については、資金面だけでなく、製造工程全体を設計し、信頼性・品質管理などを含め、生産全般を管理運用することが必要で、擦り合わせ要素が大きい製品の場合には、経験の浅いスタートアップには非常に高いハードルになっている。日本ではこれらのノウハウの多くは、大手メーカーとその下請け企業に留まっているのが現状である。

 

  1. 2つの支援の活用方法
    • Startup Factoryの活用

コンセプトの検証が主な目的の試作に対して、量産化試作段階以降は生産技術や生産設備を持つ製造事業者との連携が必要となり、「製造事業者の探し方が分からない」「候補は見つかったが、製造事業者との交渉が上手くいかない」などの問題が起きている。「Startup Factory」は、スタートアップの量産化に向けた工程をワンストップで支援する機能を強化しているので、量産化のノウハウを持った主体からの支援を得ることができる。つまり、量産化までの長い工程を、スタートアップの代わりに引き受け、伴走しながらノウハウを伝えることができる仕組みとなっている。

  • J-Startupの活用

「J-Startup」は、大企業やアクセラレータなどの「J-Startup Supporters」とともに、官民で集中支援を行うプログラムである(詳細は下記内容を参照)。

経済産業省・日本貿易振興機構(JETRO)・新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が事務局となり、「J-Startup企業」とサポーター(民間)と政府機関を結び付け、タイムリーかつスピーディな支援を行っている。「J-Startup企業」になるためには、推薦委員と外部審査委員の選定を受ける必要がある。現在、1万社スタートアップの中から、特に活躍が見られる92社をまず選定し支援を開始している。トップベンチャーキャピタリスト、アクセラレータ、大企業のイノベーション担当などからイチオシの企業を推薦。外部審査委員会が推薦内容を尊重しつつ企業をチェックし、厳正な審査で選ばれたスタートアップ企業を「J-Startup企業」として選定している。

(政府の支援)

  • J-Startupロゴの使用(選定企業としてのブランディング)
  • 特設ホームページ、国内外メディアによるPR
  • 大臣等政府の海外ミッションへの参加
  • 海外・国内大規模イベントへの出展支援
  • 各種補助金等の支援施策における優遇、手続きの簡素化
  • ビジネスマッチング(大企業幹部、省庁等への個別のつなぎ)
  • 規制のサンドボックスの積極活用
  • その他規制等に関する要望への対応

(民間の支援)

  • 事業スペースの提供・料金優遇 (オフィス・工場空きスペース・研修施設・ショールーム等)
  • ロボット、製品・部品、インフラ網等を使った実証実験への協力
  • 検証環境や解析機器の提供
  • アクセラレーションプログラム、モノづくり支援プログラムの優遇
  • 専門家・ノウハウを持つ人材によるアドバイス
  • 自社顧客・関係会社等の紹介

 

  1. 令和元年補正・令和2年度予算案

政府は、未上場ベンチャー企業(ユニコーン)又は上場ベンチャー企業を2023年までに、20社創出するという目標を立てている。この目標に応じて、令和2年度経済産業省菅家の当初予算案のポイントで、「新たな成長モデルの創出を支える基盤の整理」の中で、「イノベーションを生み出す出す環境整備」の項目に、J-Startup企業を中心としたスタートアップへの支援(国内外展開、量産・事業化等)や、研究開発型スタートアップの技術開発・事業化をハンズオンで支援する計画に予算案が計上されている。

さらに、令和元年の補正予算でも同様な予算案が計上されており、スタートアップ支援事業に力を入れており、中小企業が活用できる環境が広がりつつある。

 

  1. 最後に

アジアスタートアップオフィスMONOでは、Startup Factoryの認定を受け、上記(民間の支援)の項目を中心にスタートアップ企業の支援を行っている。近隣には、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター(都産技研)、国立研究開発法人産業技術総合研究所臨海副都心センター(産総研臨海副都心センター)があり、研究開発型のスタートアップ起業が研究開発を行うのに適した環境を提供している。

未上場ベンチャー企業(ユニコーン)又は上場ベンチャー企業を目指すなら、このような施設や制度をうまく活用することで、効率よく効果的に事業を拡大できるのではないだろうか。これらの施設や制度を活用した、ものづくりスタートアップエコシステムの確立に貢献する企業の出現を期待したい。

 

【略歴】

鈴木 克実

アジアスタートアップオフィスMONOインキュベーションマネジャー

大手精密機器メーカーにて、ISO9001認証取得などの品質管理、事業部の事業企画、画像編集ソフトのマーケティング、米国ベンチャー企業への出資および経営管理、社内ベンチャーでの提案など新事業の立ち上げ等に従事した。

2016年4月中小企業診断士登録。2017年3月退社後2018年4月独立。

元ものづくり補助金地域事務局専従者(東京都)。