1.はじめに
 新型コロナウィルスのパンデミックのなか世界は未曽有の困難な状況に陥っています。医療関係者の皆さまには心から敬意を表しますとともに、感染者の皆さまには心からお見舞い申し上げます。
 また、一刻を争う厳しい経営状況に直面されている中小企業事業者の皆さまには何とかこの危機を乗り越えて、次の成長機会をとらえていただきたいものと祈念いたします。
 この危機を乗り越えて、また新たな事業展開に向かって力強く進んで行きたいものです。
 本稿では近年脚光を浴びているティール組織という概念について考察したいと思います。

2.ティール組織とは?
 「ティール組織」とは、フレデリック・ラルーが2014年に著書『Reinventing Organizations』で提唱した組織理論のことです。
  ティール組織は、社長や上司がマイクロマネジメントをしなくても、目的のために進化を続ける組織です。そのため指示系統がなく、メンバー一人一人が自分たちのルールや仕組みを理解して独自に工夫し、意思決定していくという特徴が見られる自律的組織です。
 ティールとは、青緑色という意味の英単語です。ラルーは、組織の進化過程を5つに分類した上で、それぞれのモデルを色分けしました。その中で、最も新しい組織モデルをティール(青緑色)で表しています。
 ティール組織に期待されることは、組織内の階層的な上下関係やルール、定期的なミーティング、売上目標や予算などといった、当たり前のように行われている組織構造や慣例を撤廃し、意思決定に関する権限や責任を管理職から個々の従業員に譲渡することで、組織や人材に革新的変化を起こすことです。

3.ティール組織に至るまでの組織フェーズ
 ティール組織を提唱したラルーは、組織進化のフェーズを以下の5段階に分けてとらえています。
・Red(レッド)組織(衝動型組織):個人の力で支配的にマネジメント
・Amber(琥珀)組織(順応型組織):役割を厳格に全う
・Orange(オレンジ)組織(達成型組織):ヒエラルキーは存在するが、成果を出せば昇進可能
・Green(グリーン)組織(多元型組織):主体性が発揮しやすく多様性が認められる
・Teal(ティール/青緑)組織(進化型組織):組織を1つの生命体としてとらえる

 特徴的なのは、ティール組織はレッド組織以降の組織の進化を内包しているということです。ティール組織は突然変異的に生まれた組織のあり方ではなく、進化の過程で必要なものを組み込んだ結果、誕生するものなのです。

4.ティール組織への5つの段階
 それでは、5段階の組織について概要をみてみましょう。

①レッド(衝動型)組織 :個人の力で支配的にマネジメント
 レッド組織は「オオカミの群れ」と比喩されます。特定の個人の力で支配的にマネジメントするという特徴を持ち、力に従属することで構成員は安心を得ることができます。この組織は短期的な目線で動いており、組織としてどのように生き抜くかのみに焦点が当たっている状態です。個人の力に依存するため、再現性のない組織形態とも言えます。現在でも、マフィアやギャングなどに、レッド組織が存在します。

②アンバー(順応型)組織:役割を厳格に全う
 アンバー組織は「軍隊」と比喩されます。上意下達で厳格かつ社会的な階級に基づくヒエラルキーによって情報管理が行われ、指示命令系統が明確な組織です。厳格に役割を全うすることが求められる点が特徴的で、レッド組織よりも長期的な目線を持った組織に進化しています。
 ヒエラルキーに基づく役割分担によって、特定の個人への依存度を減少させることができ、多人数の統率も可能です。構成員は安定的に継続できる組織を目指しています。しかし、アンバー組織は状況変化に柔軟に対応できず、変化や競争よりもヒエラルキーが優先されるという課題をもっています。

③オレンジ(達成型)組織:ヒエラルキーは存在するが、成果を出せば昇進可能
 オレンジ組織は「機械」と比喩されます。ピラミッド型のヒエラルキーが存在しますが、成果を上げた構成員は評価を受け、出世できるという組織です。ヒエラルキー内の流動性があるため、時代に応じた能力や才能を持っている個人が力を発揮しやすく、変化や競争も歓迎され、アンバー組織に比べてもイノベーションが起きやすくなっています。
 しかし、数値管理によるマネジメントも徹底されており、構成員は常に生存のための競争を強いられることになります。その結果、機械のように絶えず働き続けることが助長され、人間らしさの喪失につながってしまいます。現代の企業マネジメントの大半は、オレンジ組織に集約されると考えられ、その結果、人間としての幸せは何かという原点回帰が生じ、働き方改革という動きへとつながっているのです。

④グリーン(多元型)組織:主体性が発揮しやすく多様性が認められる
 グリーン組織は「家族」と比喩されます。各メンバーの主体性を尊重し、現場に十分な裁量を与えるボトムアップ式の意思決定プロセスが特徴です。リーダーの役割は、縁の下の力持ちとしてメンバーを支えることです。協働・協力を理念に掲げ、多様なメンバーのコンセンサス(合意)を重視することで、全てのメンバーにとって働きやすい環境を目指します。
しかし、コンセンサスを重視するあまり、意思決定プロセスが膨大となり、ビジネスチャンスを逃してしまう懸念もあります。さらに、メンバーの多様性は認めているものの、組織内のヒエラルキーは残っており、決定権限はマネジメント側にあることがほとんどです。

⑤ティール(進化型)組織:組織を1つの生命体としてとらえる
 ティール組織は「生命体」と比喩されます。組織は社長や株主だけのものではなく、組織に関わるすべての人のものととらえて、「組織の目的」を実現するために共鳴しながら行動をとる組織です。ティール組織には、マネージャーやリーダーといった役割が存在せず、上司や部下といった概念もありません。
 社長や管理職からの指示命令系統はなく、構成員全体が信頼に基づき、独自のルールや仕組みを工夫しながら目的実現のために組織運営を行っていきます。そして、ともに働く構成員の思考や行動がパラダイムシフトを起こすきっかけとなり、さらなる組織の進化につながっていきます。

5.ティール組織の3つのブレイクスルー
 ラルーは、従来の組織からティール組織への進化においては「セルフマネジメント(自主管理)」、「ホールネス(全体性」、「常に進化する目的」という3つブレイクスルー(突破口)があることを指摘しています。それぞれのブレイクスルーの概要を見てみましょう。

①セルフマネジメント(自主経営)
 ティール組織におけるセルフマネジメントとは、意思決定に関する権限と責任を全構成員に与え、一人一人が第三者の指示を仰ぐことなく、自ら設定した目標や動機によって生まれる力を組織運営に活用することです。
 従来の組織では部門化されていた人事、経理、営業、企画など、あらゆる業務の執行や判断を個人やチームに任せることになります。これは単なる権限の委譲ではありません。上から意図的に譲渡されるのではなく、ティール組織では全構成員が等しく権限を持っているのが自然な状態とされています。
 ティール組織には固定化された部門や役割の代わりに、その時々の状況に応じて流動的に生まれる階層やチーム、ルールが多数存在します。構成員は組織の活動を円滑にするための道具として、自らこれらを生み出し適切に活用しています。

②ホールネス(全体性)
 セルフマネジメントを組織でより有効に機能させるためには、構成員の能力が存分に発揮されることや、個人的な不安やメンバーとの関係性での課題に組織として寄り添うことが求められる。これを、ラルーは「ホールネス(全体性)の発揮」と表現しています。組織内の心理的安全性を高め、すべての構成員が個性や長所を全力で発揮できる環境を整えることによって、集団的知性が生み出す力を最大化できるという思想です。
 個々人の力を発揮できる環境作りのために、オフィスの備品や飾りつけをメンバーに任せている組織や、一定のルールのもとペットや子どもと一緒に働くことを許可している組織も存在しています。

③常に進化する目的
 「生命体」とも比喩されるティール組織は、日々、新たな目的を求めながら進化していきます。そのため、従来の組織のように存在目的やビジョンを固定するのではなく、組織の存在目的が変化していないか、常に耳を傾けておかなければなりません。
 組織が成し遂げたいことは何か。組織はどのような速度で成長したいのか。組織は構成員に何を求めているのか。これらを意識することで、上司がマイクロマネジメントに取り組まずとも権力が分配され、全員が組織の存在目的の実現に焦点を当てることができるようになるとされています。

6.ティール組織に対するよくある誤解
 ティール組織は生まれたばかりの組織モデルのため、先入観や誤解が、まだ数多く存在しています。ここからは、代表的な誤解を3つ紹介しましょう。

・小規模かつ一部の業種にしか適応できない
 提唱者のラルー自身も、調査に乗り出すまではサービス業が中心と予測していました。しかし、調査を進めるにつれて、医療や教育といったサービス業だけでなく、小売業やメーカー、エネルギー、食品加工業などあらゆる業種でティール組織が構成されていることが判明しました。また、調査対象となった企業は90人から4万人と幅広く、ティール組織を構成する上で業種や規模は問題にならないことが分かったのです。

・明確なビジネスモデルがある
 「ティール組織はこうあるべきである」という明確なビジネスモデルは存在しません。ラルーが調査した企業は、他組織の話を聞くまで互いの存在や組織モデルについて認識していませんでした。あらかじめ準備されたビジネスモデルを組織に当てはめたのではなく、組織がそれぞれ考えていった結果、類似した組織モデルにたどり着いています。

・最も優れた組織形態である
 「ティール組織は最も優れた組織形態なので、必ずそのモデルを当てはめなければならない」というのもよくある誤解です。確かに従来のマネジメントの概念を覆す組織モデルではありますが、グリーン組織以前の組織モデルを否定するものでは決してありません。うまく成長している企業が無理にティール組織モデルを参考にした場合、それはリスクにもなり得ます。
 事実、どのティール組織にもオレンジ組織やグリーン組織の特徴が一部で残っており、構成員もオレンジやグリーンの発達段階に属する人が存在します。それぞれの組織モデルの特徴やメリットを理解し、適切に組み合わせて柔軟に対応することで、最適な組織を築き上げることが重要なのです。

7.ティール組織の課題
・メンバーが高い「自主性」を持たないと成立しない
 組織の階層を作らず、権限を委譲するということは、メンバーの「セルフマネジメント力」があって成立するものです。どのようにメンバーにそのような意識をもたせるのか。どのような環境を用意し、採用の段階でどのように判断するかが課題になります。

・メンバーの状況を把握するのが難しい
 ヒエラルキー型の組織と比較した場合、自分の責任を果たし、仕事に取り組んでいるか分かりづらくなります。会議などで確認する方法はあるものの、「マネジメント」はでいません。メンバーと会社がいかに信頼関係を構築するかが鍵となります。

・リスク管理が困難
 ヒエラルキー型でない組織では、会社のリスク管理の方法を再考する必要があります。ヒエラルキー型の場合、重要な決定や投資判断は稟議などを通じ、何人もの「承認」を経て決定されます。一方、こうした「承認プロセス」が存在しない場合は、メンバーを信じるしかありません。

 いずれの場合も、ティール組織ではメンバーと会社との「信頼関係」を軸に組織が成り立つことになる点に留意する必要があります。

8.ティール組織の成功事例
 高度な組織モデルであるティール組織には、その実現性に疑問に持つ人も多いのも事実です。しかし、実際にティール組織を約10年続け、急成長を遂げている企業としてオランダの訪問介護サービス会社「ビュートゾルフ」が紹介されています。
 2006年に創業して以来、在宅介護支援の新しいモデルを提供するビュートゾルフは、約10年間で24か国に展開し、1万人以上の介護士を有する企業へと成長しています。マネージャーを持たない12名ずつの850のチームで構成されており、それぞれのチームが重要な意思決定を行っており、6つの目標に沿ってメンバーが自由に行動しています。
 この大規模なティール組織を支えるため、「Buurtzorg Web」というITツールを活用して。社員のセルフマネジメントを実現しています。マネージャーのいない環境で意思決定するためには、行動や判断につながる情報がオープンにされている必要があります。それらの情報を元に、セルフマネジメントを通して自発的に動いていくことが、ティール組織を実現する上では重要なのです。https://buurtzorg-services-japan.com/service

 日本でもすでにティール組織を実践している企業が出現していますが、そのうちのひとつに株式会社日本レーザーが挙げられます。同社は「人を大切にする経営」を実践し「日本で一番大切にしたい会社」大賞で中小企業庁長官賞を受賞されています。
 日本レーザーでは「企業は自己実現の舞台」であり、目指すべき経営組織の在り方として、階層やコンセンサスに頼ることなく同僚との関係性の中で動く「自主経営」、本来の自分の職場に来て、同僚・組織との一体感を持てる「ホールネス」、組織自体が生命体のように進化する「存在目的」を挙げています。
 また社員に任せる4つの条件として、「ゆらぎ」を秩序の源泉とみなす。不均衡や混沌を排除しない。トップダウンの管理を強化しない。そして、創造的な個の発想や営みを優先することを挙げています。https://www.japanlaser.co.jp/

9.まとめ
 ティール組織へと発展していく5つの段階を理解し、今の自分の組織がどこに属しているかを客観的に把握すること。そして、今後、どの組織モデルの特徴を取り入れればより発展していくかを考えることが重要になっていくでしょう。
 現状を無視してやみくもにティール組織を導入するのではなく、自社としてあるべき組織の姿を見つめ、組織開発を模索していくことが求められるでしょう。

■ 略歴
山﨑 肇
中小企業診断士
東京都中小企業診断士協会中央支部 国際部 会員部
人を大切にする経営研究会
経営革新計画・実践支援研究会