今回でこのテーマを取り上げるのが3回目となった。高年齢者雇用アドバイザー(高齢・障害・求職者支援機構の受託業務)を受任して丸5年が経過し、今般高齢法の改正が令和3年4月から施行されるので、改めて再々考してみたい。

【改正高齢法の改定趣旨】
・少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境整備を図ることが必要。
・個々の労働者の多様な特性やニーズを踏まえ、70歳までの就業機会の確保について、多様な選択肢を法制度上整え、事業主としていずれかの措置を制度化する努力義務を設ける。

【改正の内容】(高年齢者就業機会の確保の新設)(令和3年4月1日施行)
・事業主に対して、65歳から70歳までの就業機会を確保するため、高年齢者就業機会確保措置として、以下の①~⑤のいずれかの措置を講ずる努力義務を設ける。
・努力義務について雇用以外の措置(④及び⑤)による場合には、労働者の過半数を代表する者等の同意を得た上で導入されるものとする。

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【雇用と年金との接続問題】
 現在の高齢法では定年は60歳を下回ってはならない、となっているが、現在厚生年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられている。いよいよ令和7年4月より男性の厚生年金支給開始年齢が完全に65歳(女性は5年遅れ)からとなり、定年が60歳だとすると5年間は全く年金支給されない空白期間ができてしまう。「定年が60歳であれば希望者全員65歳迄再雇用に応じなさい」というのが現在の国の応急措置である。

【70歳まで働ける社会の実現】
 国は、日本人の長寿化、人生100年時代の到来を睨み、「生涯現役社会の実現」を念頭に置き、「70歳まで働ける企業の実現」というスローガンを掲げている。努力義務ではあるが、今回の法改正に至った背景がここにある。努力義務なので、罰則規定はない、と軽く考えがちだが、この高齢法は当初努力義務として打ち出されてから、数年後に強行規定に切り替わってきている過去の歴史があり、近い将来法的な定年年齢の引き上げが予想されるのである。現に国家公務員の定年年齢が段階的に引き上げる法案は昨年提出されていたが、「黒川検事長の定年引上げ」問題でこじれ、昨年は成立しなかった。
 これまでは定年年齢と年金支給開始年齢という関係において、年金支給開始年齢が先行してきたが、今回は定年年齢の方が初めて年金支給開始年齢よりも先行したと表現する識者もいる。現在の制度が令和7年までに更に動く可能性は大といえる。

【今回法改正の特徴】
 今回の法改正は前回の「雇用確保措置」という言い方ではなく、「就業機会の確保」と言いかえられている。つまり70歳まで働くということは雇用で働くとは限らないということである。改正内容の④⑤の部分は雇用ではないので、幅広く考えられているところに特徴がある。人生後半ともなると、それぞれの人生で背負っているものが違うので、多様な選択肢がある方が望ましいと考える。

【近年の企業動向】
 平成25年の改正高齢法で65歳までの希望者全員再雇用義務規定が施行された。施行当初は定年時賃金の5~6割程度にして、年金分を働いてもらい、賃金が下がり過ぎ(75%未満)の場合は、ハローワークから高年齢者雇用継続給付金が65歳まで支給されるという仕組みであった。定年後再雇用なので、仕事内容に関わらず、賃金は当たり前のように引き下げられ、年金支給開始までの腰掛的な存在と捉えられ、評価制度もなかった企業が多かったと思う。
 近年では、賃金の下げ幅は緩和されてきている印象がある。また、「同一労働同一賃金」の議論が別途あり、「長澤運輸事件」に象徴される裁判例を考慮して、賃金を下げる場合にはそれ相応の理由・根拠を用意し、企業側もしっかりとしたロジックを持つようになりつつある。
 現在、定年年齢が65歳になっている企業は、定年のない企業2%程を含め、約2割位と想定され、以前に比べ、徐々に増えてきている。法改正等の動きがあれば、一気にその割合が増える可能性がある。
 足元ではコロナ禍により、雇用環境が悪化しており、やや逆風気味で足踏み状態ではあるが、中期的な視点では、早晩その動きは加速するであろう。

【まとめ】
 60代半ばを過ぎた小職にとって、年金を頂きながら診断士として活動している立場である。人生の後半であっても自ら希望して社会との接点を持ち続けたいという思いと、若い世代の人達が年金がもらえる70歳位迄は働いてください、というマスト(must)感とでは随分職業観も違ってくるのではないか、と心理的な面が危惧される。
 元々の年金制度は「世代間扶養」という若い人が年寄りを支えるという制度設計である。既に制度そのものが破綻しており、「年金は当てにできない、もう自助努力するしかない。」という若い世代の悲鳴のような声を気の毒に思っている一人である。

■伊藤孝一
【略歴】
(一社)東京都中小企業診断士協会 理論政策更新研修運営委員長 理事
中央支部 総務部 執行委員
中小企業診断士、1級販売士、ビジネス法務エキスパート、健康経営アドバイザー、
特定社会保険労務士、CFPⓇ認定者
(高年齢者雇用アドバイザー/65歳超雇用推進プランナー、年金特別アドバイザー)
【著書】
顧客情報活用の知恵(共著:同友館/2000年4月)
中小企業診断士1次試験重要事項総整理(共著:法学書院/2005年1月)
雇用形態別人事労務の手続きと書式・文例(共著:新日本法規出版/2013年1月)
月刊企業診断8月号「業績アップの人事労務」(共著:同友館2013年8月号)
月刊企業診断8月号「働き方改革関連法成立」(共著:同友館2018年8月号)
月刊企業診断10月号「中小企業の働き方改革」(共著:同友館2018年10月号)