◆はじめに
 新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻、気候変動、急激な円高、物価高など、2022年の現代は5年前には全く想像ができなかったいわゆるVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代に急激に突入してしまった印象を持っています。このVUCAの時代に企業はいかに対応していけばよいのでしょうか?正解はわかりませんが、今「心理的安全性」というキーワードが注目を集めています。変化が急激な、不確実な時代だからこそ、心理的安全性の高い、自律的に学習し、パフォーマンスを高める組織が求められているのかもしれません。本稿では心理的安全性が高い職場環境とはどのような職場なのか、そのような職場を作るためにリーダーは何を心がければよいのかについて、「心理的安全性」の提唱者であるエイミー・C・エドモンドソン教授の著作をベースに考えていきたいと思います。

◆「心理的安全性」とは何か?
 心理的安全性の高い職場環境とは「チームのなかで対人関係におけるリスクを取っても安全だと信じられる職場環境であること」とエイミー・C・エドモンドソン教授により定義づけられています。言い換えると「お互いに意見を戦わせ、生産的で良い仕事をすることに注力できるチーム」といえます。
 心理的安全性というと、「お互いを傷つけないよう感じよく振舞うこと」、「高圧的な発言はしないこと」、「アットホームで仲良しの職場」というイメージが想起されますが、ここでいう心理的安全性の高いチームとはそれだけではありません。共通の目標に向かって、対立するかもしれない意見も躊躇なく発言でき、熱い議論を交わしてより良い結果を導き出せるチームのことを言います。心理的安全性の高低、業績基準の高低で区分した下記の図表でいう右上「D:学習及び高パフォーマンスゾーン」を目指す職場(チーム)のことを指します。

221002_fig01

 ちなみにAの無気力ゾーンは余計なことはせず自分の身を守ることだけに腐心する「サムい職場」、Bの快適ゾーンは対立を避け居心地の良さを追求する「ヌルい職場」、Cの不安ゾーンは上司が高圧的で仕事のノルマを追求する「キツい職場」と例えるとイメージがつき易いかもしれません。

◆Googleプロジェクト・アリストテレス
 「心理的安全性」は前述のエドモンドソン教授により1999年の論文のなかで初めて提唱されました。その後Googleが2012年より立ち上げたプロジェクト・アリストテレスで「他のチームより高いパフォーマンスを上げる要因」について大規模な調査・分析を実施し、パフォーマンスを高めるために真に重要なのは「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」であること、またそのチームの効果性に影響する最も大きい要因が「心理的安全性」であることが実証・報告されたことにより、ビジネスの世界で一躍注目を集めることになりました。

◆心理的安全性を測る7つの質問
 ここまで見てきて、自分の会社・職場が心理的安全性の高い組織なのか気になるところだと思います。その判定をするため、エドモンドソン教授が心理的安全性を測る7項目の質問を定義しています。この項目をメンバーにアンケート調査してみると心理的安全性の高さを測る指標となります。(必ず無記名での調査としてください!)

221002_fig02
 *質問の内1、3、5はネガティブ質問のため得点は逆に集計が必要

◆活発な発言に関する4つの不安
 心理的安全性の高いチームの特色である「対立するかもしれない意見も躊躇なく発言できる」という点について、それまでの人間関係を悪くしてしまうという配慮から、発言をためらってしまう人間関係の不安があるといわれています。その不安とは以下4点です。
① 無知だと思われる不安
 「こんな質問をしたらみんなは当然知っていることで恥ずかしい。今はわかった顔をして話を合わせて後で調べよう」という思い。
② 無能だと思われる不安
 「自分の間違いを認めたり、助けを求めたりすると、周りからできないヤツと思われてしまう。何とか自分だけで頑張って解決しよう」という思い。
③ ネガティブだと思われる不安
 「この意見は間違っていると思うけど、反対すると難癖をつけていると思われるかもしれない。批判的意見は言わないようにしよう」という思い。
④ 出しゃばりと思われる不安
 「もっと良いアイデアがあるけど、話がまとまりかけているから言うのやめよう。和を乱したくないし」という思い。

 この4つの不安は、「謙虚」「空気を読む」「同調意識」などがどちらかというと美徳ととらえられる日本のカルチャーが背景に強くあるのかもしれません。この不安は企業の上下関係、上司・部下という立場であるとなおさら深刻になります。例えば、職場で以下のような思いにとらわれたことはないでしょうか?

・上司が手を貸した可能性のある仕事を批判してはいけない
 → 上司が気を悪くするかもしれない。地雷はふまないように発言は控えよう。
・確実なデータがないなら、何も言ってはいけない
 → 検討しきれていない段階での考えを述べてはいけない。完璧に仕上げてから報告しよう。
・上司の上司がいる場で意見を言ってはいけない
 → 直属の上司をないがしろにしている、反抗的なヤツだと思われるかもしれない。
・他の社員がいるところで仕事についてネガティブなことを言ってはいけない。
 → 情報は、他の社員のいないところで真っ先に上司につたえなければいけない。「聞いてないぞ」と上司から怒られそう。
・素直に意見を述べることはキャリアに影響する
 → 今進んでいるプロジェクトを中止したり批判したりすると出世できなくなるかもしれない。

 このような暗黙のルールも心理的安全性を高める阻害になっているかもしれません。
 この不安を解消し、活発な意見交換を促進し心理的安全性の高い職場環境を築くためにはリーダーの行動が非常に重要な要素となります。

◆心理的安全を高めるためのリーダーシップ行動
 それでは心理的安全性が高い職場環境を作るために、組織のリーダーはいかに行動すべきでしょうか?エドモンドソン教授が提唱する7つの行動を、今すぐにでも実施できる行動例として列挙します。
① 直接話の出来る、親しみやすい人になる
 オープンな雰囲気を日ごろから作り、いつでも相談できるという安心感を醸成する。フェイスtoフェイス、オンラインミーティング、メール、チャットなど複数のコミュニケーション手段を常に公開しておく。1on1ミーティングやラウンドテーブルミーティングなど対話の機会を意識的に作る。などメンバーが話しやすい雰囲気をリーダー自ら作ることが重要です。但しこれらのミーティングが一方的な業務報告の場にならないよう留意することが前提となります。
② 現在持っている知識の限界を認める
 自分が知らないこと、わからないことをメンバーの前で正直に話しましょう。「無知だと思われる不安」をリーダーが率先して開示することで、謙虚さを誠実に示したその姿勢によってメンバーにも同様の姿勢を持つよう促すことになります。
③ 自分もよく間違うことを積極的に示す
 自分もよく失敗するという事実を、実例を挙げて話しましょう。「無能だと思われる不安」について、リーダーもメンバーと同じ人間だという安心感を持たせ、失敗を恐れない気持ちを生むきっかけになります。
④ 参加を促す
 自分の知識には限界があり、良く間違う人間なのだから、メンバーの意見が必要だということを説明してください。メンバーの意見をリーダーが重視していることを示し、もっと積極的に意見を言うよう促すことにつながります。
⑤ 失敗は学習する機会であることを強調する
 リスクをとることへの迷いをなくし、たとえ失敗してもそれが組織にとって成長の機会であることを説明しましょう。ミスの報告件数が少ないという状態は、もしかするとミスが起きていないということではなく、ミスが言いにくい環境なのかも?と疑ってみることも大事かもしれません。
⑥ 具体的な言葉を使う
 抽象的な表現は使わず、具体的でメンバー全員がイメージしやすい言葉を使うことが重要です。シンプルな言葉こそ全員に正しいニュアンスが伝わります。
⑦ 境界を設け、境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる
 暗黙の了解だけでは、「やっていいこと」「いけないこと」の境界が曖昧になり、チーム内でのコンフリクトやパフォーマンスの低下を引き起こす可能性があります。判断に迷うような領域に関しては明文化して責任を明確にしておくことが重要となります。

◆おわりに
 新型コロナウイルスの拡大をきっかけとして、リモートワークやリモートでの商談などが増えた企業も多いのではないかと思います。リモートワークに切り替わることにより、コロナ以前のように出社して机を並べて仕事をするというスタイルに変化が生じています。以前であればメンバーが今どのような仕事をしているか、うまくいっているのか、何か課題を抱えているのか、ちょっと元気がないな、など日常の会話やしぐさ、顔色などから何となく推測することも可能でした。また会議の前後や休憩時など自然と雑談ができる場もあり、コミュニケーションをとる機会も多くありました。リモートワークの場合、雑談などのコミュニケーションの機会が減少する他、非言語のコミュニケーションが大きく制約を受けてしまうことが想定できます。デジタル技術の発達により、テレビ会議やチャットやコミュニケーションツールなどそのデメリットをカバーする技術も多数ありますが「心理的安全性」が低下してしまうリスクも抱えています。リモートワークのデメリットを補いそれをプラスに変えていくためにも「心理的安全性」を高める努力を今こそ意識的に実施する必要があるのではないでしょうか。
本稿が多少なりとも「心理的安全性」を高める活動のスタートに寄与できれば幸いです。

◆引用・参考文献
・「チームが機能するとはどういうことか」エイミー・C・エドモンドソン著
 野津智子訳 英治出版株式会社 2014年
・「恐れのない組織」―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす―
 エイミー・C・エドモンドソン著 野津智子訳 英治出版株式会社 2021年
・「心理的安全性の築き方見るだけノート」山浦一保監修
 株式会社宝島社 2022年 
・「心理的安全性のつくりかた」石井遼介著
 日本能率協会マネジメントセンター 2020年
・「効果的なチームとは何か」を知る Google re:Work

◆筆者略歴
 西原 寛人
 経済産業大臣登録 中小企業診断士
 一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部 副支部長
 一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部 ビジネス推進委員会委員長
 一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 事業推進部