なぜ今「紙から脱却」か?
紙とExcelの運用は安心感がある一方で、転記ミスや修正待ち、担当者不在時の滞留など「見えないコスト」と属人化リスクを抱えています。人件費の高騰・テレワークや採用競争、電帳法やインボイス対応の要請などが重なる今、バックオフィスの標準化と自動化は小規模企業ほど費用対効果が高く、事業継続性の観点でも有効です。 「全部を一気に変える」のではなく、「紙を一枚、クラウドに置き換える」小さな一歩から始めると負担感が小さく、現場の納得も得やすくなります。
本コラムでは「紙から脱却」する道筋と、実務的な観点からのツール紹介、そして明日からすぐに着手できるTIPSまでをご紹介します。
従業員10名規模の企業の「ペーパーレス」成功例
まず、従業員10名規模の卸売業を例にとって「ペーパーレス」の成功事例を見てみましょう。ある企業では、紙の台帳とExcel集計を中心に、事務員の手作業によって労働時間と給与支払いの計算を行っていました。
DX専門家による改善例では、こうした業務を廃止し、クラウド勤怠とシフト作成を一本化しただけで、月次集計の残業を大幅に削減し、社労士・税理士へのデータ連携もオンライン化できています。 勤怠・シフトと労務の分断を解消し、リアルタイムで労働時間の可視化とアラート運用(36協定超過の予兆検知)を実装するといったことがペーパーレス環境を実現する鍵になります。
事例にみる実務的観点のポイント
- ツールは置き換えからで十分:紙の出退勤簿をスマホ打刻へ置き換えるだけで、集計は自動化でき、締め日の残業が目に見えて減らすことができます。
- 現場のやり方を尊重すること:現状の申請や承認ステップを変更する必要はありません。申請・承認の順序はそのままに、段階的にクラウドへ載せ替える設計ができます。
- まずは小さく試すこと:クラウドのツールは無償のトライアルが可能なものが多く存在します。1か月のトライアルで成果を可視化し、もし合わなければ元の運用に戻すといった「小さく試す」という取り組みが重要です。
現実に効くDXツール(10名規模向け)
ここでは、どの業種でも必要な勤怠や労務管理に使える具体的なツールを紹介します。なお、ツール選定の近道は最新の比較記事やカオスマップで、機能×価格×サポートを俯瞰することです。ざっくりと全体を把握することで、自社に適した2〜3製品に素早く絞り込みます。
- 勤怠・シフト統合
- KING OF TIME:スマホ/IC/位置情報打刻、シフト自動作成、給与ソフト連携で「紙→自動集計」へ最短移行しやすいです。
- ジョブカン勤怠:多様な勤務形態や休暇管理、ワークフローまで一体運用でき、運用設計がシンプルです。
- HRMOS勤怠/AKASHI:在宅下の可視化や工数管理に強みがあり、10名でのスモール導入に合う価格帯です。
- 人事・給与連携
- マネーフォワードクラウド、freee人事労務:勤怠→給与→年末調整・社保までデータを一気通貫で連携できます。
- 会議と保管の基盤
- Google Workspace/Microsoft 365:Meet/Teamsと共有ドライブで、紙回覧やUSB持ち出しから卒業できます。
卸売・製造の等身大の導入イメージ
前述した従業員10名の卸売・製造業でのツール導入ステップをイメージしてみましょう。
- 紙の出退勤簿とExcel集計を、スマホ打刻+自動集計に置換します(KING OF TIME/ジョブカン)。締め日の差戻しと再集計が大幅に減ります。
- 現場でスマホからシフト申請・承認を完結し、欠員はアラートで早期に把握します。週1回の10分オンライン会議で残業の予兆を検知・共有します。
- 勤怠CSVを給与・社労士に自動連携し、メール添付や版ズレ、再提出の手戻りをなくします。工場や現場の管理にも横展開します。
明日からすぐに実践できる3つの処方箋
- スマホ打刻のトライアル:KING OF TIME/AKASHIは無料トライアルが可能です。位置情報付き打刻と休憩記録を当日から運用できるので今すぐインストールして試してみましょう。
- 週1の「勤怠10分会議」をオンライン化:Meet/Teamsで残業見通しと欠員予定を短時間でレビューし、「紙回覧をやめたらどうなるか」の手触り感を確認してみましょう。
- 共有ドライブに「労務フォルダ」を新設:就業規則、36協定、シフト表を単一のフォルダで版管理して共有しましょう。
セキュリティの第一歩は“見える化”
まずは費用をかけずに、IPAの「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」で弱点を把握すると、取り組み順が明確になります。 診断のExcelシートと解説資料を使うと、更新・多要素認証・バックアップ・私物端末・メール訓練まで優先度を自社に合わせて整理できます。 さらに「ポイント学習」の教材を月に1回程度での短時間勉強会にすると、現場の不安が“分かる安心”に変わるでしょう。
即効性のある基本対策は、①端末と主要クラウドの自動更新+多要素認証を標準設定すること。対象者はまず管理者と経理から始め、徐々に現場に転嫁しいていくこと。②共有ドライブの権限を最小化し、持出しルールを一枚の文書にして周知すること。③バックアップは二系統(クラウド復元+暗号化外部媒体)で備えておくことがポイントです。
半歩先を目指す目標設定~取得しやすい国の制度~
ペーパーレス化の流れを理解したら、その半歩先に目標を設定してみましょう。次の2つは比較的取得を目指しやすく、お勧めの認定資格となります。
- SECURITY ACTION「二つ星」(IPA):自社診断の実施、基本方針の策定、対策の宣言で取得でき、取引先や採用に対して“最低限の安心”を外部に示せます。 DX認定にもつながる土台になり、初めての公式アピールとして最適です。
- DX認定(経済産業省):デジタルガバナンス・コードに沿った体制・方針の整備で国の認定が得られます。今期は「二つ星」、来期は方針素案までという二段階で無理なく進められます。
最後に
「失敗したらどうしよう」という不安は自然に起こってくるものですが、スモールスタートなら元の業務に戻せる余地を残しながらペーパーレス化を進められます。紙を一つクラウドに置き換えると、翌月の集計と承認の手間が確実に減るので、現場からも次の一歩を望む声が出てくるでしょう。まずは勤怠・シフトから着手し、続けて5分診断と「二つ星」で“見える化できている安心感”をつくる—この順番がペーパーレス化への心理的負担を小さくし、確実に前進する近道です。
【参考URL】
- IPA|5分でできる!情報セキュリティ自社診断(PDF:診断編・解説)
https://www.ipa.go.jp/security/sme/f55m8k0000001waj-att/000055848.pdf - IPA|5分でできる自社診断シート(Excel)
https://www.ipa.go.jp/security/security-action/download/IS-selfchecksheet-excel.xlsx - IPA|SECURITY ACTION 二つ星(制度概要・要件)
https://www.ipa.go.jp/security/security-action/twostar/ - 経済産業省|DX認定制度(制度概要・申請要領)
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-nintei/dx-nintei.html - 勤怠管理システム 最新比較(2025年版の比較・カオスマップ等の参考)
bizocean DX比較:勤怠管理システムカオスマップ2025
https://www.tribeck.jp/newsrelease/2025/20250926.html
【プロフィール】
江波戸 良光(えばと よしみつ)
中小企業診断士、DTPエキスパート、SP融資コンサルタント、ITコーディネータ
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会中央支部 会員部部長・執行委員
大手プリンター関連企業において、印刷・デザイン業の顧客に対する販売促進・マーケティング支援に従事。
企業内中小企業診断士として、印刷事業者向けの補助金申請・融資等の資金調達や税制優遇支援に関する講座のセミナー講師や、企業研修講師の実績多数。