はじめに

長く続いたコロナ禍がようやく出口に差し掛かってきた一方で、ロシア・ウクライナ問題には未だ出口が見通せず、世界的に大きな経済的問題をもたらしています。また、我が国ではバブル崩壊後の失われた10年以降立ち直れず経済低迷がつづき、GDPは2010年に2位から3位に転落(一人当たりでは28位)、IMDランキングでは1992年までは首位だった日本は現在34位のように地盤沈下も懸念されています。
しかしそのような中でも、着実に事業を成長させている多くの中小企業があります。その強さの秘訣として「人を大切にする経営」を実践されている企業に注目する学会があります。法政大学元教授の坂本光司先生が主催する「人を大切にする経営学会」です。

 

1.人を大切にする経営学会

かつて、法政大学大学院中小企業研究所の坂本教授のもと、研究員が全国の中小企業を中心に特徴のある事業者(約6000社)を調査されました。その中で、長期に渡りゆるぎない経営を続けている企業に共通した特徴として、「人を大切にする経営」に取り組んでいるということを見出されました。その好事例を「日本でいちばん大切にしたい会社」として2008年に出版され、村上龍氏が絶賛しました。その後各メディアで取り上げられ、「泣けるビジネス書」として話題となり、昨年までに8巻が出版されています。
そして、2010年に「日本で一番大切にしたい会社」大賞が創設され、2014年に「人を大切にする経営学会」が立ち上げられました。
学会で提唱されているのは、「五方よし経営」です。五方よしとは次の5人(5者)の幸せを追求・実現しなければならないということです。

第1:社員とその家族
第2:社外社員(仕入先や協力企業の社員)とその家族
第3:お客様(現在顧客と未来顧客)
第4:地域社会(地域住民、とくに障がい者や高齢者など社会的弱者)
第5:株主・出資者・関係機関

学会ではこの順番を重視しています。

この5人(5者)の中で、経営者がとくに重視すべき人は、はじめの4人、その中でもとりわけ「第1:社員とその家族」であるという考えです。お客様はもちろん大切ですが、社員が幸せでなければお客様に満足いただけるサービスを提供できるはずがありません。

 

2.人を大切にする経営研究会

その経営を学ぶため、2018年小林勇治先生が「人を大切にする経営研究会」を東京都中小企業診断士協会に立ち上げられました。私たちはこの研究会で毎月、大賞受賞企業などを招聘し、講演いただき学んでいます。坂本教授をはじめ、カンブリア宮殿などでも紹介された企業などにもお越しいただいています。どのお話しも感動的な素晴らしい取組ですが、みなさんこの「五方よし経営」を実践されています。それは、坂本教授に学ばれて取り組まれている企業もありますが、従来からそのような考えで経営に取り組まれていた結果が継続的な成長・発展につながっている企業が多いことがわかります。
30年ほど前、「ビジョナリーカンパニー」という成功企業に共通した取組として、「ビジョン」を明確に持ち続けているという研究結果がベストセラーになりましたが、学会の研究では「理念経営」が提唱されています。「経営理念」を明確に掲げて「五方よし経営」に取り組む経営を理念経営と位置付けられています。

 

3.米経済団体も「株主至上主義」から脱却、人や社会を重視へ

2019年8月、アメリカ最大規模の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は、数十年にわたって資本主義を推進してきた株主第一主義を廃止すると発表しました。株主利益の追求はもはやアメリカの実業界の主目的ではなく、今後は利益を生むこととともに、社会的責任を果たすことにも注力すべきだとしています。
2019年8月18日に発表された声明は「『アメリカ全国民を助ける経済』を推進するため企業の目的を再定義する」と銘打たれ、180人以上の企業トップが署名しました。これにはアマゾンやアメリカン航空、JPモルガン・チェース、ジョンソン・エンド・ジョンソン、バンク・オブ・アメリカなどの最高経営責任者(CEO)も名を連ねています。
50年近い歴史を持つビジネス・ラウンドテーブルが、株主利益を最優先としなかったのは今回が初めてです。株主第一主義は、ノーベル賞を受賞した経済学者ミルトン・フリードマン氏が提唱し、企業活動の基礎とされてきました。
声明では新たに5つの優先課題を提唱しました。従業員に公正な給与や「重要な手当」を提供すること、地域社会の支援、サプライヤーに対する倫理的態度など次の5項目を、新たな優先課題としています。

顧客への価値提供:我々は消費者の期待に応え、さらにその期待を上回ることで道を切り開いていくというアメリカ企業の伝統を推進していく。
従業員への投資:従業員への投資は、従業員を平等に保障し、重要な恩恵を与えることから始まる。新たな技術を習得する手助けとなる訓練や教育を行い、従業員を支援する。ダイバーシティとインクルージョン、尊厳と尊敬を育んでいく。
サプライヤーを公平に、倫理的に扱う:規模の大小を問わず、他の企業と良いパートナーになるために尽力する。それはミッションを達成することにもつながる。
事業を行う地域社会を支援:ビジネス全体を通して持続可能な取り組みを行うことで、地域社会の人を尊重し、環境を保全する。
企業が投資し、成長し、改革を行うための資本を提供してくれる株主の長期的価値を創造:株主に対し、透明性の確保と効果的なエンゲージメント(対話)を行う責任を果たす。

この5つのコミットメントは全て、「人を大切にする経営学会」の「五方よし経営」と合致しています(ただし、顧客最優先になっています)。

 

まとめ

先日のWBCを観戦された方も多いと思います、世界一に輝いた侍ジャパンの活躍は大いは感動とともに勇気と希望をもたらしました。この大躍進は大谷選手をはじめ世界一の選手を育てた、世界一の監督栗山英樹氏の手腕にあったと思います。その選手起用、各選手の特性を知り尽くして、強みを引き出し、信頼し、任せる。これが今回の大躍進のもとにあったと思います。つまり、選手を大切にする野球、事業でいえば、人を大切にする経営ということになるのではないでしょうか。これはフレデリック・ラルーの提唱した「ティール組織」にも通じるものと思います(拙著2020年5月のコラム参照https://www.rmc-chuo.jp/manager/column/2020042703.html)。

なかなか不況から抜け出せない日本経済のなかで、このように「人を大切にする経営」の実践こそが、サステイナブルな事業継続・成長につながることを、これからも研究し、学び、経営者の皆さんにお伝えしていきたいと思います。

 

参考図書
「日本でいちばん大切にしたい会社」2008年3月第1巻~22年10月第8巻、あさ出版
「“日本でいちばん大切にしたい会社”がわかる100の指標」 2015年3月朝日新聞出版
「会社の偏差値~強くて愛される会社になるための100の指標」 2021年6月あさ出版
以上、坂本光司著
「ティール組織」         フレデリック・ラルー著 2018年11月技術評論社

略歴
山﨑 肇
中小企業診断士・1級販売士・防災士・唎酒師
東京都中小企業診断士協会中央支部執行委員 国際部前部長 会員部
人を大切にする経営研究会(副会長)
経営革新計画・実践支援研究会
NPOちゅうおう経営支援理事
稼げる!プロコン育成塾塾長(中央支部公認マスタ―コース)