日本人は昔から温泉好きな国民と言われ、日本には大小3,000を越える温泉があります。
 バブル経済崩壊後、伝統ある多くの温泉地が観光客の減少、温泉街の衰退に苦しんでいます。
 しかし、新しい時代を迎えて、温泉地の新しい需要と復活への道が見えてきました。
 まずは、温泉の定義と歴史を復習します。そして、新しい時代を迎えた温泉の新しい需要と温泉復活への道について確認します。

1.温泉とは

 日本において温泉は「温泉法」によって定義されています。地中から湧出する時の温度が25℃以上で
あるか、25℃未満でも19種類の温泉物質のうち、1つ以上が規定値を満たせば温泉となります。また、地中
から湧出する水蒸気およびその他のガス(炭化水素を主成分とするものを除く)も温泉に該当します。
そして、温泉水に含まれる成分の違いによって単純温泉、二酸化炭素泉など11種類の泉質に分類されます。
また、温泉の効能も泉質によって様々ですが、一般的には神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性、疲労回復な
どに効果があると言われています。
 全国各地の温泉地も人里離れた山奥にある秘湯の一軒宿から熱海温泉(静岡)や別府温泉(大分)
のような多数の源泉を持ち大型ホテルや飲食店、土産物店が軒を連ねる温泉街を形成する一大観光地まで
様々です。

2.温泉の歴史

 日本の温泉の歴史は古く、古事記、日本書紀によれば道後温泉(愛媛)、有馬温泉(兵庫)、白浜温泉
(和歌山)が「日本三古湯」と呼ばれています。また、万葉集では、上山田温泉(長野)、湯河原温泉(神
奈川)など多くの温泉地が紹介されています。鎌倉時代になると伊香保温泉(群馬)、草津温泉(群馬)
等が開湯し、戦国時代は、武田信玄や真田幸村の「隠し湯」も数多く開かれました。
 当初温泉は、大名の湯治や戦いで負傷した武士の治療のために利用されましたが、江戸時代に入ると一般
庶民にも温泉で湯治する習慣が広がり、現在の人気温泉ランキングに当たる温泉番付なども作成され、温泉
が人々の生活に根付いていきました。
 明治時代~大正時代は、湯治場としての温泉利用に加えて保養の場・慰安の場として温泉が利用されるよ
うになりました。昭和になると全国の鉄道網が整備され、都市部から温泉地への交通アクセスがアップ
し、この時期発展した温泉地として箱根温泉(神奈川)、鬼怒川温泉(栃木)等があります。高度経済成長の
時代になると温泉人気の高まりと団体旅行ブームに乗って観光客は急増し温泉地は発展を遂げました。
この時期、ホテルの大型化が進み温泉地は湯治場から温泉観光地へと変化しました。
 しかし、その後バブル経済の崩壊、レジャーの多様化や団体旅行から個人旅行への旅行スタイルの変化な
どにより伝統ある温泉地は観光客が減少し、温泉街やその地域の衰退に苦しんでいます。
 21世紀になってからは、由布院温泉(大分)や黒川温泉(熊本)など女性グループや個人旅行に人気のある
温泉地に多くの観光客が訪れるようになりました。

3.温泉の新しい需要

① 海外から日本を訪れるインバウンド需要の増加

 日本政府が主導して海外からの観光客の増加を打ち出した結果、2012年の900万人から2018年に3000万人を
突破し、そして2020年には4000万人に到達しようとしています。
 当初は、主にアジアからの外国人観光客が、都心のデパートや家電量販店で爆買いする姿が注目されました。
また、外国人観光客が訪れる場所も東京~富士山~京都~大阪を通るゴールデンルートがメインでした。
しかし、最近では、リピーターの増加やネット情報の充実によって、買い物よりも日本でしか経験できない
体験を求めて訪れる外国人観光客が増加しています。
 体験と言えば、北海道の パウダースノーでのスキーや沖縄の珊瑚礁でのダイビングを思いつきますが、温泉
も日本でしか経験できない貴重な体験です。
 温泉旅館で供されるおもてなしを尽した接客や食材を活かした日本料理、ここでしか飲めない日本酒、風情
ある温泉街の街並みを通して日本の文化や温泉の魅力を体験することができます。

② MICEや企業研修、社員旅行の復活など企業需要の増加

 バブル経済の崩壊と余暇のライフスタイルの変化によって、団体社員旅行が無くなったことで大型の温泉ホテル
や旅館が建ち並ぶ大規模温泉地は宿泊客の減少に苦しんできました。しかし、昨今、企業や業界の展示会や
講演会等コンベンションの開催会場として大型の温泉ホテルが見直されています。
 巨大な宴会場を講演会や展示会を開くことのできる多目的ホールに改装したり、大小様々な会議や研修を行える
会議室を複数備えることで宿泊と組み合わせたMICEや企業研修のニーズを取り込み、新しい形の団体旅行の
需要を取り込むことに成功しています。
 また、一部ではありますが、社員の新しい関係構築や離職防止等を目的に従来の宴会中心ではなくチーム
ワーク作りに役立つような体験型の社員旅行も復活しています。

③  温泉を活用した高齢者向け住宅や施設の増加

 医療の進歩による長寿化や団塊世代の高齢化に伴って高齢者向け住宅や施設の需要が高まっています。特に
都心部では施設の不足や入居費用の高額化も課題となっている。このため、郊外での高齢者向け住宅や施設
の需要が高まっており、このような中で、温泉を活用した高齢者向け住宅や施設の新設が見られています。
 温泉は、古来、湯治場として宿に宿泊して温泉に通いながら治療や病後の回復のために利用されてきました。
現代は、高齢者にとって、病気の治療でなくて毎日温泉に入ることができる上、温泉地として自然に恵まれ、
文化的にも恵まれた環境で生活を提供することができます。
 温泉地では、かつて大型ホテルだった敷地に加えて、温泉の利用権も含めて活用することで差別化された
施設の新設が可能です。また、バブル期に建設されたリゾートマンションの再生、再利用できる可能性もあります。

4.温泉復活への道 

① ホテル、旅館の再生支援企業

 平成の後半になると経営の悪化した大型温泉ホテルや老舗旅館の再生に取り組む企業も多く現れています。
再生の形態は、経営母体は変わらずに再生のためのコンサルティングから集客のためのマーケティング、
サービスのための人材サポート等マネジメントに特化して支援するケースが1つです。
 もう1つは、経営破綻してしまったホテルや旅館を買収して、その企業のグループホテルまたは旅館として
運営するケースがあります。
 再生したホテルや旅館は、一泊の料金が5万円以上の内外装はじめ客室の雰囲気や料理、接客まで高級感ある
ラグジュアリーなものから年間を通して一泊6~8千円程度のエコノミーなものまでそれぞれ特徴と際立たせて
差別化を徹底しています。
 また、再生を支援する企業ももともとホテルや旅館を経営していた企業はもちろん、最近では出版や不動産
さらにアミューズメント等他業界からの参入も増えています。

② 地元が一致協力した協議会の設立

 特定の企業だけではなく、温泉地の再生のために地方自治体、金融機関、旅行会社、旅館組合等が協議会
を設立して複数の団体が協力して再生に取り組んでいます。
 例えば、広報誌やパンフレットの作成や広告宣伝、温泉街を情緒に溢れ統一感のある街並みに改装するなど
複数の団体が協力し合って推進しています。
 さらに、温泉地の歴史を書いた看板の設置、観光スポットへの道順を示す標識の整備、足湯の設置等、
ところによっては、地元にゆかりのある有名人の記念館の設置、記念イベントの開催等々これまで単独で
行っていた取組を協力して行えるようなりました。

③ 家族経営のホテルや旅館に吹き込む新しい風

 中小の温泉ホテルや旅館は、家族経営で運営が主流で創業から今日まで家族代々家業として特長ある営業を
続けています。残念なことに、このようなホテルや旅館の廃業が続いています。
 しかし、最近は、一度は地元を離れて都会へ出て行ってしまった子供たちが戻ってきて経営に参加する
ケースも増えています。時には、一人で都会へ出ていった子供が結婚してパートナーと一緒に戻って
くることもあります。
 こうして、これまでの家族に加えて、新しい家族となったパートナーが新しい風を送り込むことで、
新しい取組や活力を生み出すことができています。以下に、新しい風のとその効果を紹介します。

○ 外国人と結婚して、英語のホームページ作成や情報発信、外国人への接客、外国人の視点から  
  これまでのしがらみとらわれない活動も行えるようになりました。

○ IT会社に勤めていたエンジニアと結婚して、パソコンのシステムを導入して予約や経理業務の
  IT化を実現することができました。

○ 客室乗務員と結婚して、接客やインテリアをより洗練することで伝統に新しいセンスを加えたおもてなしを
  提供することができるようになりました。

 ごれまで長い歴史の中で様々な環境変化の波に襲われたが、温泉はいつも伝統と革新によって人々に愛され
たゆみない歩みを続けています。
 これからも温泉は、人の体をあたためるだけでなく、心をあたため、そして、いのちをあたためます。
”いのちあたたまる温泉”は永遠に日本人のみならず世界中の人々に愛され続けます。
 みなさん、温泉大国ニッポンの温泉を大いに楽しみましょう。

大野 進一 (おおの しんいち)
 中小企業診断士
 東京都中小企業診断士協会 中央支部副支部長
 日本証券アナリスト協会検定会員