近年、テレビや新聞など各種メディアでSDGsについての情報を目にしない日はないほどに、SDGsの取り組みに積極的な企業が増えてきました。
 本記事では全体の98%が中小企業とされる印刷業において、社会のSDGsに対する意識の変遷やビジネスチャンスやリスクを踏まえたうえで、SDGs経営に取り組む際のポイントや注意点をお伝えします。

1.消費者のSDGsへの認知度
 2023年5月に株式会社電通は第6回「SDGsに関する生活者調査」を実施しました。生活者の2023年度におけるSDGsの認知率は91.6%と、2018年の第一回調査の14.8%から6倍以上に増加しています。
 その中でも回答者の79.3%が、「SDGsに対して企業が積極的に取り組むと良い印象が強くなる、好感度が上がるなどの影響がある」と答えているのは特筆すべき点です。日本人の87%がSDGsについて好意的な感情を抱いているという結果からみても、SDGsに取り組むことは企業にとって企業間取引や採用、投融資の面で好影響を与える可能性があることが示唆されています。

2.大企業のSDGs・サステナビリティに関する環境
 企業の動きに目を向けてみると、上場企業では東京証券取引所では全市場に対してコーポレートガバナンス・コードが改訂されています。これは「上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである」としてサステナビリティをめぐる経営課題への対応を要請しているものです。
 特にプライム市場においては「TCFD(※1)又は同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」要請されており、より詳細な情報開示が求められるようになってきています。
 また官公庁の発注基準においては、発注要件にSDGsの取り組みを含める等、SDGsへの対応が求められるようになってきています。
 「このような動きは大手企業や官公庁と直接付き合いのある会社だけだろう」と思われていたのは数年前の話で、現在では中小の印刷会社においても、SDGsへの対応に後れを取ることは事業継続におけるリスクとなる可能性が高まってきました。
 一方で事業機会も存在しています。「取締役会は、サステナビリティ課題への対応はリスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべき」というコーポレートガバナンス・コードも存在し、これらを充足することで投資家の投資意欲を高めることが可能です。
 また電通の「SDGsコミュニケーションガイド」によると、SDGsがもたらす企業経営へのメリットとして4点を挙げています。①ステークホルダーとの関係性の改善と発展、②SDGsを共通言語に、さまざまな主体との協働が実現、③社会課題解決は巨大なビジネスチャンス、④資金調達に益するESG投融資。今や大企業の間ではSDGsをテーマにステークホルダーとの対話を行い、そこから協働や新たなビジネス機会の創出を図る動きが活発化しています。
 自治体においてもSDGsに積極的な企業を表彰したり、各種の認証制度でその取り組みを推奨する動きが加速しています。大企業が集積する都心だけでなく地方の企業においてもSDGsに取り組む様々なメリットが存在するのです。

3.中小企業のSDGs・サステナビリティに関する環境
 中小企業の動きはどうかというと、2023年3月の中小企業基盤整備機構の調査によると、まだまだ企業間のばらつきが存在しています。SDGs の認知度については業種別で見ても概ね全業種で理解度が高まっており、全体で約90%が何らかの形で認知しており、非常に高い割合を示しました。
 SDGsに積極的な企業の割合も33.8%と2022年度の調査を3.2 ポイント上回った一方で、「現在は取り組んでおらず、今後も取り組んでいく予定はない」は28.9%と前回調査の 28.7%とほぼ変わっていない状況です。
 SDGsへの理解度が高くなるほど SDGs に取り組んでいる割合が高くなるという傾向があることから、SDGs経営に取り組む企業とそうでない企業の格差は今後ますます広がっていくことが想定されます。
 それでは印刷業におけるSDGsの取り組みはどのようなものがあるのでしょうか。

4. 印刷業におけるSDGsの取り組み
 ここからは印刷業のSDGsの取り組みを商品、製造、組織の面から紹介していきましょう。
①商品面:環境に配慮した素材、商材へのチャレンジ
 マイクロプラスチックによる海洋汚染や地球温暖化対策に向けたプラスチックの削減の流れは印刷業に対しても高まっており、脱プラスチック製品は官公庁や自治体からのニーズが増加しています。身近な脱プラスチック製品としては、紙でできたクリアファイルやうちわなどのノベルティがあります。紙のクリアファイルは、古紙回収で資源循環のリサイクルができたり、後述のFSC認証紙が使用されていたりとSDG12,14,15などに貢献します。

②製造面(仕入れ):グリーン調達の実施
 グリーン調達の方法として、森林保全につながる「FSC®認証用紙」の活用などがあげられます。FSC(Forest Stewardship Council)は、木材を生みだす森と、その森から生まれた木材を使って製品を製造するプロセスの認証制度に関する機関です。FSC認証の用紙(FSCマークがついた認証紙)を選ぶ印刷会社が増えれば森林の保護につながり、森林に生きる生物も増えていきます。FSC認証を受けた製品や印刷物を提供することで、森林資源の保全に貢献することができます。
 また、廃棄物を活用したアップサイクルペーパーの活用も考えられます。アップサイクルとは従来捨てていた廃棄物等を、デザインや機能をアップグレードさせる形で価値を高めて新たな用途として蘇らせる手法のことです。アップサイクルペーパーは、廃棄物の再利用により新たな価値を生み出し、廃棄物削減や資源の節約に寄与します。代表的なものに「バナナペーパー」がありますが、これは従来廃棄されていたバナナの茎から取ったバナナ繊維を原料に古紙または森林認証パルプを加えて作られたフェアトレードの用紙です。用紙売上の一部は女性たちの教育支援にあてられており、SDGsの全ての目標に関係した取り組みとして近年非常に注目されています。

③製造面(製造・加工):環境に配慮した印刷方式の採用
 環境負荷の低い「水なし印刷」や「デジタル印刷」を採用し、印刷に不可欠な水の使用量や廃棄物の削減を行なう動きが加速しています。特にデジタル印刷では、極小ロットやオンデマンド、可変印刷に対して従来必要であった印刷版などの資材が不要となり、環境負荷削減に貢献します。近年の印刷発注量の小ロット化トレンドを考え、デジタルマーケティングとの親和性も高いデジタル印刷方式をオフセット印刷に代わる主要設備として採用する中小印刷業も増加しています。

④組織面:従業員に配慮した職場整備
 従業員が働きやすい環境を整えることで、優秀な人材が長く貢献したいと思える会社になることも必要です。
 例えば制作の現場ではクラウド製品を活用して職場だけでなく在宅でも作業を可能にしたり、オペレーターの高度な技術を必要とする設備から誰でも操作しやすい設備に更新したりといった取り組みが考えられます。
 また女性活躍の観点からは、子育てサポートや女性活躍推進を行う企業に関する「くるみん認定」「えるぼし認定」といった各種の認定制度を取得することも良いでしょう。これら認証はものづくり補助金などの補助金の加点評価となるため、前述した設備導入の自己負担削減にも寄与します。

5.印刷ビジネスにおけるSDGs経営のポイント
 最後に、どのように印刷ビジネスにSDGsを取り込んでいくのかという点について取り上げます。
 SDGs経営には取り組むメリットがある反面、自社の企業価値や売上拡大の手法として用いる場合に誤ったコミュニケーションをしてしまうと「SDGsウォッシュ(※2)」であると批判や指摘を受ける可能性がある点に注意が必要です。
 SDGsウォッシュを回避するためには、「アウトサイド・イン・アプローチ」で企業自身が取り組む姿勢を見直すことが有効です。「アウトサイド・イン・アプローチ」とは社会的ニーズ(社会課題解決)から、事業のあり方を考える思考法のことです。SDGs導入のガイドラインとも言える「SDGコンパス」をもとに社会的ニーズを見直し、自社にとってどのような取り組みが社会貢献に必要なのか、一度基本に立ち返ってみてはいかがでしょうか。

 ここまで様々な環境変化や取り組みを紹介してきましたが、印刷ビジネスにおけるSDGs経営についての大切なポイントがあります。それはSDG17にある通り、「パートナーシップがあって初めて目標が達成できる」ということです。
 前項で取り上げたSDGsの取り組みはどれ一つとってもパートナーなくして実現できるものではありません。
 印刷業界は調達・制作・製版・印刷・製本/加工・配送とそれぞれの工程で強みを持つ複数の企業が存在する、分業化された製造業であり、もとよりSDG17のパートナーシップを構築する土台の上に成り立っています。SDGsを単なる業績向上のツールとして捉えるのでなく、協力会社や業界団体のパートナーと連携してSDGsを実践していくことによって、はじめてSDGsウォッシュではない本当のSDGs経営の実践が可能となるでしょう。
(※1) TCFD…気候関連財務情報開示タスクフォース
(※2) SDGsウォッシュ…SDGsと「ごまかし・粉飾」を表す英語の”whitewash”を組み合わせた造語。

【プロフィール】
江波戸 良光(えばと よしみつ)
中小企業診断士、DTPエキスパート、SP融資コンサルタント、ITコーディネータ
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会中央支部 会員部部長・執行委員
大手プリンター関連企業において、印刷・デザイン業の顧客に対する販売促進・マーケティング支援に従事。
企業内中小企業診断士として、印刷事業者向けの補助金申請・融資等の資金調達や税制優遇支援に関する講座のセミナー講師や、企業研修講師の実績多数。

【参考文献等】
第6回 SDGsに関する生活者調査(株式会社電通)
https://www.dentsu.co.jp/news/release/2023/0512-010608.html
コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(株式会社東京証券取引所)
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000006jzbl.pdf
SDGsコミュニケーションガイド(株式会社電通)
https://www.dentsu.co.jp/sustainability/sdgs_action/pdf/sdgs_communication_guide.pdf
中小企業の SDGs 推進に関する実態調査(2023 年)(中小企業基盤整備機構)
https://www.smrj.go.jp/research_case/research/questionnaire/favgos000000k9pc-att/SDGSQuestionnaireZentai_202303.pdf
SDGコンパス SDGs の企業行動指針
https://sdgcompass.org/wp-content/uploads/2016/04/SDG_Compass_Japanese.pdf