活動報告

専門家コラム「カスタマーハラスメント防止で守る企業と従業員」(2025年9月)

「お客様は神様」からの脱却―カスハラは経営リスク

かつては「お客様は神様」と言われた時代もありました。しかし近年、悪質なクレームや過剰な要求によるカスタマーハラスメント(カスハラ)が深刻化しています。
東京都産業労働局の調査によれば、都内企業の約4割がカスハラ被害を経験しています。これは単なる「現場のストレス」ではなく、従業員の離職・メンタル不調・ブランドイメージ低下といった経営全体に及ぶリスクです。

「カスハラは禁止――条例で明文化された“非常識”行為」

東京都議会は 2024年10月4日、全国初となる「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を可決・成立させました。同条例は 2025年4月1日 から施行されています。
同条例では、カスタマー・ハラスメントを「①顧客等から就業者に対し、②その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、③就業環境を害するものをいう。」と規定されました。
これにより、顧客による著しい迷惑行為――例えば暴言・暴力・過度な要求など――は「社会的に許容できない」行為として、条例上ではっきりとカスハラとして禁止されました。
違法行為である暴行・脅迫などは従来から刑法等で罰せられますが、条例により「法律違反」とは言えないレベルの悪質な言動も広く禁止対象と位置づけられました。

「対応は義務です」― 法律が求める防止策

企業がカスハラを防止するための雇用管理上の措置を講じることが義務付ける労働施策総合推進法が2025年6月4日に国会で成立し、公布日から1年6月以内に施行されることになりました。すなわち、改正法は2026年中に施行されることになります。
厚生労働省の指針では、顧客や取引先からの著しい迷惑行為に対する対応方針や手順の整備が求められています。
さらに、東京都は「職場のハラスメント防止対策支援事業」を通じ、専門家派遣やセミナー、助成金制度を提供しています。「知らなかった」では済まされない時代なのです。

「現場任せ」は危険 ― 企業が整えるべき体制

カスハラ対応は現場任せにすると、対応のばらつきや二次被害が生じます。
経営者として、以下の体制整備が不可欠です。
・防止方針の明文化と周知(社内掲示・社員ハンドブックなど)
・対応マニュアルの策定(対応手順・NG対応例)
・相談窓口の設置(匿名相談可・外部委託も検討)
特に中小企業では、「誰に報告すべきか分からない」状態を放置しないことが重要です。

「その場しのぎ」では終わらせない ― 現場対応の鉄則

現場での初動対応は、被害の拡大を防ぐ鍵です。
・冷静・事実ベースで対応(感情的な応酬を避ける)
・記録の徹底(日時・内容・証拠を残す)
・迅速なエスカレーション(責任者・法務・警察へ)
悪質な場合は警察や弁護士など外部機関との連携をためらわないこと。顧客との関係維持よりも、従業員の安全と尊厳を守る姿勢が信頼を生みます。

「守られている」安心感を ― 教育とメンタルケア

防止策はルールだけでなく、人のスキルと心を守る仕組みがあってこそ機能します。
・接客・クレーム対応研修(対応話法・境界線の引き方)
・事後フォロー(被害者へのヒアリング・心理的ケア)
・安心して声を上げられる文化づくり
・従業員が「経営者は自分たちを守ってくれる」と感じれば、接客品質も定着率も向上します。

「トップの本気」が現場を変える

経営者が「従業員を守る」というトップメッセージを社内外に発信することは、カスハラ防止の最大の抑止力です。
・朝礼や社内報での発信
・成果や課題の共有
・実例を用いた啓発活動
経営者のリーダーシップが、防止策を単なる「制度」から「企業文化」へと変えていきます。

まとめ ― 今日から始める5つのアクション

1.カスハラ防止方針を策定・周知する
2.対応マニュアルと相談窓口を整備する
3.従業員に対応研修を行う
4.記録・証拠保全のルールを定める
5.トップメッセージを発信する
厚生労働省が提供するカスタマーハラスメント対応の指針やマニュアルを活用すれば、企業は顧客からのカスタマーハラスメントに対して効果的な対策を講じることができます。また、東京都や厚労省のハラスメント防止相談窓口や専門家派遣制度を活用すれば、中小企業でも低負担で実施可能です。
「従業員を守る」ことは、同時に「企業を守る」ことです。今こそ、本気の一歩を踏み出しましょう。

略歴

五十嵐 直人(いがらし なおと)
中小企業診断士、ITコーディネーター、IRCA QMS準審査員、プライバシーマーク審査員補
中小企業診断士協会 中央支部 事業推進部副部長
電機メーカーにて商品企画、設計開発に従事、2020年に独立診断士として活動を始める。
得意分野は、マーケティング・商品開発、事業計画作成、IT導入支援など。
現在は、創業支援、経営相談やワーク・ライフ・バランス支援などを行っている。

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