弥冨 尚志

 売上拡大・販路拡大など企業規模の如何に問わずいつもそしてずっと考え続けるテーマです。現状の組織や商品を何とか売れるモノにできないか、よく相談されます。しかし現状の状況を変革するなどはそれ自体も大変な作業です。そういう方々の場合、よくお話をお聴きすると多くはちょっとしたことで売上を伸ばすことが出来る要素やヒントがたくさんあります。今回はそのような事例です。

【会社の行き先が不安に】
X社のP社長はイケメンカリスマとして人気を博した書家が立ち上げた書道教室です。書道・カリグラフィ等の教室運営を銀座で10年行ってこられました。ここ数年生徒数も増え新たに広尾に教室を開設。その際、金融機関から融資を活用しました。初めて融資を受けたことでこれまでの成行的運営からしっかりとした事業計画を立てた経営を行う必要を感じるようになりました。有名人と言うこともあって生徒の集客には今まで苦労せず行えていましたが教室を拡張したことや講師として雇用しているスッタフの事など今後のことを考えるようになってきたのです。やはり安定した成長を図るにはしっかりとした利益を確保する必要ではと。教室ビジネスの場合、受講料を大幅に値上げすることも困難であり、これ以上の教室の拡大には講師の確保も困難。現状のキャパと陣容でコストをかけずに売上拡大を図り且つ生徒のためになる新規事業ができないか逡巡さるようになり会社の将来について不安を覚えるようになって相談に来られました。

【じっくりとヒアリングすると】
P社長は他の教室を見ていても特段の解決手段があるかについては懐疑的でした。融資を受けた際にも金融機関の担当者から難しいビジネスですね、と声をかけられたこともありこの仕事は事業化することにさえ疑問を感じようになってきたとのことでした。そこで先ずはじっくり教室のことなど時間をかけて現在の状況などについてお聴きするようにしてみました。主な項目は以下の通りでした。

○生徒数の増減はあるものの微増。入会して半年から1年、中には2年以上通う方も一定数いる。比較的真面目な方が多く真剣に字がうまくなりたいと考えている。
○多くは女性で秘書業やサービス業に従事して宛名書き等仕事に必要な方と趣味として学ぶ方がいる。
○授業中はお手本を見て書き講師にチェックを受ける形態。
○月3回で受講料の安さや振り替えが自由、教室の利便性が高い、指導が新設で丁寧など評判は高い。
○生徒の中には受講中に一度も講師のチェックを受けないで帰る方もいて現状どこまで上達しているのか把握できていない生徒もいる。
○生徒は友達同士で申し込み受講しているケースが多い。
○無口な方が多いが中には自分の上達レベルを聞きたがる方もいる。

そして不安な要素としては次のことを挙げられました。

◆教室ビジネスは英会話教室の価格競争の影響や行政で行う安価なカルチャースクールの影響で授業料を上げにくい。そこを無理して上げると生徒が離れるのではないか。
◆新たなサービスなど思いつかないが何か考えついても生徒に喜んでもらえるのか見当がつかない上に授業料を値上げしたら返って逆効果ではないか。
◆アルバイトも含め講師4名体制だが講師の増員も売上拡大につながるので行いたいが講師になる人材の確保が困難。
不安要素を1つ1つ突き詰めて考えると、授業料金の値上げと何らかの付加サービスを行って売上拡大を目指すべきである、と言う方向性は確認できたようです。それは講師等に安定した雇用環境を確保するにはある程度の値上げが必要と判断されたからです。

【ヒントはヒアリングの中に】
 書道教室では一般的に生徒の実力に合わせてお手本が渡されそれに沿って生徒は練習し講師の指導を受けるスタイルが一般的になっています。しかしスキルチェックを行うテストのようなサービスを行っている教室がないことを確認。そこでテストを新たなサービスとして提案。具体的には「漢字」・「かな」・「ペン字」・「くらしの書」の4つのコースを難易度別に3つのステージのテストカリキュラムを作ることを薦めてみました。それぞれに受験費用を設定。教室受験・在宅受験と分けて時間を取って採点し講評と合わせて生徒に返す。生徒にとっても自身のスキルチェックになり学習意欲の醸成になり講師側も生徒のスキルレベルを正確に把握できる。加えて受験費用という売上増加につながり教室のキャパ拡大や今の講師陣でも自宅で採点作業ができるなど投資をかけずに生徒へのサービス提供になり売上増加につながるのではないか、そういうことで進めることにしました。思わぬところにアィデァがあった、目の前に生徒さんのニーズに気づいていなかったと納得されていました。

【意外な効果が】
 テストを始めて数か月。次の成果が徐々に表れるようになりました。その報告に訪れたX社長は戸惑いの表情を見せながらも慶びに満ちて言いました。

○当初、テストを作るという作業がどの程度の規模になるのか想像できないこともあり躊躇があったが作業を始めると「書」を体系的に教える・学んでいくことの重要性の理解が進み改めて指導の方向性に新たな境地を開いた。
○今まで生徒からのアンケートもしばらく行っていなかったので「スキル確認テスト」の需要調査をすると多くの生徒から前向きな評価を得られた。
○「漢字」・「かな」コースで先ずモニターを実施。すると同じ問題でも生徒間でのレベルの違いや感想に開きがあることが分かった。テストをひとくくりで行うと返って学習意欲を低下させることが分かった。またさらに上のレベルのテストを望む生徒も一定数いることが分かった。この中から本当に「書」を仕事にしたい生徒がいることは確かなのでこのテスト事業を続けることで講師養成にもつなげられることが分かった。
○翌年から本格実施で準備を開始。売上に与えるインパクトは多きことが見込まれる。そのことから今まで精緻に取り組むことがなかった事業計画書・CF計画書の作成を始める。このことで成行管理な運営から計画的な経営運営を行うことが面白く感じられるようになってきました、と喜んでおられる様子でした。

 ちょっとしたことでも日ごろから思い悩んでいる事でも、先ずは誰かに相談してみる、そういうスタンスを社長様にはお持ち頂くことお勧めいたしております。定期的に相談等行うことで日ごろの問題や経営改題にも迅速に対応できる体力が身についてきます。公的機関の相談窓口を是非ご利用願います。

◎東京都よろず支援拠点 http://www.tasb.jp/information/yorozu.html
◎東京商工会議所 経営相談窓口 https://www.tokyo-cci.or.jp/soudan/
◎東京都中小企業振興公社 総合相談窓口
http://www.tokyo-kosha.or.jp/support/shien/soudan/index.html

■弥冨 尚志(いやどみ なおし)
中小企業診断士
認定医業経営コンサルタント
東京都中小企業診断士協会 中央支部 副支部長兼渉外部長
㈱ヘルスイノベーション 代表取締役社長