はじめに
 「DXは大企業が取り組むもの」と思われるかもしれませんが、中小企業にとっても成長・存続の手段となり得ます。DXの理解を深め、推進するためにどのようにスタートを切ればよいでしょうか。本コラムが、このような悩みをお持ちの経営者のヒントになれば幸いです。

1. そもそもDXとは何か?
 Digital Transformation(以下「DX」と記載)の概念は、2004年にスウェーデンのウメオ大学に所属するエリック・ストルターマン教授が提唱したとされています。教授の定義によると、「デジタル技術の浸透が人々の生活をあらゆる面で起こる変化」とされています。
 また経済産業省は、2022年の「デジタルガバナンス・コード2.0」にて、企業のDXを次のように定義しています。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」
 こうした定義を漠然と眺めているだけでは、DXがどういうものなのかをイメージすることは難しいのではないでしょうか。そこで、市場を分析する際に用いられるフレームワークである3C(「顧客(Customer)」「競合(Competitor)」「自社(Company)」)を使って、もう少し具体的にDXを考察します。
 1つ目は「顧客(Customer)」の観点です。最も身近なDXは「買い物」ではないでしょうか。最近では多くの商品が、店頭だけではなく、スマートフォンから購入できるようになりました。特に音楽や映像は、定額の利用料を支払うことでいつでも好きなコンテンツを再生できるようになり、それまでのCDやDVD等の「所有」から「体験」へとスタイルが大きく変化しました。このように、DXはデジタルデータを活用できるビジネスモデルであることが不可欠といえます。
 2つ目は「競合(Competitor)」の観点です。DXの活用により、思いもよらない異業種から競合企業が参入するケースが増えています。先の音楽を例に挙げると、もともとパソコンメーカーであったApple社は、音楽プレイヤー(iPod)とデジタル音楽配信サービス(iTunes Store)という新しい組み合わせにより音楽業界の在り方を一変させました。このように、DXはデジタル技術を主体としながら、製品やサービスと組み合わせて、新たな価値へ変換する取り組みが不可欠といえます。
 3つ目は「自社(Company)」の観点です。2020年以降は、コロナ禍の影響によりテレワークが進展し働き方が多様化しました。確かにテレワークを支えたのは自宅PCとオフィスをつなぐデジタル技術ですが、それだけでは不十分であり、テレワークに合わせた業務や就業ルールの再設計こそがテレワーク進展に重要な役割を果たしたといえます。

2.中小企業に求められるDXに対する心構えとは
 中小企業基盤整備機構(中小機構)が2022年3月に行った、中小企業1,000社を対象としたアンケート調査によると、DXに「既に取り組んでいる」、「取組を検討している」と回答した企業は24.8%であり、1/4程度しかDXを進めていないことが分かりました。
 また、DXの具体的な取組内容を見てみると、47.2%が「ホームページの作成」と回答しています。この結果から、ホームページの整備でさえ不十分であり、先に挙げたようなデジタル技術の活用の段階に至っていない中小企業がまだ多い状況であることがわかります。
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(出典:(独)中小企業基盤整備機構「中小企業のDX 推進に関する調査」)

 筆者が現場で目にしている中小企業のIT利活用状況においても、アンケートと同様の印象を感じています。ここで1つの事例をご紹介します。
 ある中小企業は、成長が著しいがゆえに支店が増えるたびに部分最適なIT投資を繰り返した結果、全社的に非効率でバランスが悪い状況に陥ってしまいました。例を挙げると、勤怠システム・グループウエアなどのシステムや、ネットワーク回線サービス等は支店ごとに製品やITベンダー(IT製品を販売する会社)が異なっていました。その結果、月額利用料が割高になるだけでなく、異なるシステムから集まる情報の整理に時間をかけるなど、多くの非効率が生じていました。
 本業以外に経営資源を大きく投入することが困難な中小企業にとって、IT利活用に関して十分な知見を持つことは困難であるといえます。また、そのような事情から、IT投資はITベンダーに任せっきりになってしまう中小企業も多く見られます。上記の事例企業も、以前はITベンダーの提案をそのまま受け入れていました。
 しかし、DXを推進するうえで、自社でIT化を推進しデジタル技術を使いこなすための仕組みづくりは不可欠です。もちろん全てのIT資産を内製化することは不可能ですが、コア業務(企業活動の根幹を成す業務)といえる領域に関しては、できる限り自社主導でIT投資を進めることが求められます。
 上記の事例企業は、DXを推進することを望まれました。そこで、まずはITベンダー任せの状態から脱却し、全社視点でIT投資の見直しに着手しました。IT投資の最適化が完了した次の段階で、デジタル技術を使いこなすために、組織・制度の整備、人材育成などの仕組みづくりに着手する予定です。
 近年の「DXの推進が必要不可欠」という潮流は、IT利活用に苦手意識をお持ちの経営者には悩ましく感じるのではないかと思われます。近年では、「IT診断」等のメニューを用意し、特定の製品やサービスにとらわれず、中立的な立場でIT投資の助言を行うコンサルティング会社や公的サービスも増えています。こうしたサービスを利用することも、将来におけるDX推進のヒントを得る上で有効な手段となります。

3.今後のDXの方向性(Web3のご紹介)
 デジタル技術の発展のスピードはますます加速しています。本章では、近年国内においても関心が高まっているWeb3について簡単にご紹介します。
 Web3が商業的に実用化されるのは、まだ先の話になると考えられますが、スマートフォンがインターネットや社会インフラを大きく変革させたのと同様に、Web3も大きな変革をもたらすのではないかと期待されています。
 Web3がどういうものかを理解するためには、「ブロックチェーン技術」を理解する必要があります。
 ブロックチェーン技術とは、「分散型台帳技術」とも呼ばれ、有名な仮想通貨であるビットコインの基幹技術として発明された技術です。ビットコインでは日々大量の売買取引が発生しますが、それらの取引履歴(台帳情報)は、1箇所の巨大なデータベースに記録するのではなく、ネットワークに参加している無数のコンピューターが同一の台帳情報を分散して保有する仕組みになっています。このような仕組みにより、技術的な説明は省略しますが、次のようなメリットがあります。
 ① ネットワーク内に無数のコピーが存在するのでシステムダウンしない
 ② データの改ざんが困難(サービス提供者でも改ざんは不可能)
 このブロックチェーン技術を活用した分散型のインターネットをWeb3と呼びます。
 従来のインターネットでは、GAFAなど巨大企業のサービスを利用する場合、自身の個人情報を提供する必要があります。その結果、巨大企業は個人情報を独占してしまいます。しかし、中央に巨大企業のような管理者が存在しないWeb3では、利用者の個人情報を巨大企業には渡さず、検索、SNS、データ保存、金融などの各種サービスを利用できる可能性があります。
 このようにWeb3時代ではインターネット環境が劇的に変化するため、現時点では考えられないような新たなサービスが生まれる可能性があります。そういった意味からも、DXを推進するうえで、Web3の動向についても注目することをおすすめしたいと思います。

以上

●略歴
■ 山浦 直晃
 中小企業診断士 認定経営革新等支援機関
 一般社団法人 東京都中小企業診断士協会中央支部 執行委員
 中央支部経理部 副部長
 情報処理サービス業にて、システムエンジニアとしてERPの導入コンサルティングを担当。約15年間で、100社以上のシステム導入を支援。
 中小企業診断士としては、上記の経験を活かしたIT領域に関するコンサルティングの他、事業計画策定支援を中心に活動している。