手坂 空太郎

 折角売上を上げても、資金回収ができなければ焦付き債権として損失を生じるほか、場合によっては経営を揺るがしかねない大きなリスクとなります。本コラムでは、自社財務・取引先財務の観点から、6種類の与信限度額の設定方法について、シミュレーションも交えて考察します。

1.与信管理がなぜ必要か

自社が安定的に利益を確保しても、取引先企業に対する売上債権が回収できなければ焦付き債権として大きな損失を抱えてしまうリスクがあります。利益率が10%の場合、10百万円の焦付き債権が生じた際には、1億円の売上を新たに確保できなければ穴埋めできません。また、未回収債権が億円単位になれば、これまで蓄積してきた内部留保をすべて毀損し債務超過に陥ってしまう可能性もあります。中小企業にとっては1件の回収不能が経営を大きく揺るがすことになりかねませんし、会社の規模が大きくなればなるほど社長の目が隅々まで行き届きにくくなり、与信管理のルール設定の重要性が増してきます。

 

2.与信限度額の算出基準

 

与信限度額の算出基準にはいくつかの考え方がありますが、今回は下表の6種類をご紹介します。

算出基準

 

 

 

 

2-1.自社財務基準と取引先財務基準

まず、大きな考え方を大別すると自社財務基準と取引先財務基準の2種類の考え方があります。自社財務基準のメリットは、自社の状況に照らし合わせた検討となるため、情報入手が容易なほか、複数の取引先に対して同様の基準を当てはめられる点です。一方で、取引先の個々の状況に応じた基準設定は困難となります。取引先の財務状況が把握できるようであれば、取引先財務基準を採用することで、より精緻な管理が行えます。

 

2-2.各基準の概要

 

(1)財務上限基準法

自社の財務体力で耐えうる範囲で与信を設定する考え方です。純資産の一定割合(一般的には10%程度)を許容範囲とします。

 

(2)売上債権基準法

自社の売上債権(売掛金、受取手形など)を基準に、どこまで焦げ付いても許容できるか、という視点で設定します。

 

(3)決済限度法

社内の決済権限に応じて与信限度額に上限を設ける方法です。他の基準に比べて限度設定の柔軟性にはやや欠けますが、社内方針として、権限に応じた取引限度額をどこまで許容するか、という統制が取り易い考え方です。

 

(4)仕入債務基準法

取引先の貸借対照表における仕入債務(買掛金、支払手形など)から取引先の仕入能力を推定し、その一定割合まで自社の債権を抑える方法です。取引先が破綻した際、被害を丸抱えするリスクは減る一方、仕入債務が大きくなる取引先に対しては、与信限度額が大きく設定されてしまう可能性があります。

 

(5)月商一割法

取引先の平均月商の一定割合の与信限度額に留めておけば、いざという時に比較的容易に商品が引き上げやすいという考えに基づきます。

 

(6)内部留保基準法

取引先の純資産の蓄積が大きければ、比較的健全性が高いと見れるため、純資産の大きさに対する一定割合の与信を許容する方法です。

 

3.与信限度算出のシミュレーション

 

上記基準に照らし合わせた、実際の与信限度額算出のシミュレーション配下の通りです。

 

3-1.前提条件

 

(1)自社データ

最新の貸借対照表を以下の通り仮定しています。

自社データ2

 

 

 

 

 

 

 

(2)取引先データ

最新の貸借対照表、売上高、格付を以下の通り仮定しています。

取引先データ2

 

 

 

 

 

 

(3)一定割合

今回は一律10%で設定しています。

 

(4)重みづけ

格付ごとの重みづけを以下の表の通り設定しています。

重みづけ

 

 

 

 

(5)決済限度額

決済限度法による決済限度額について、今回は1億円の設定とします。

 

3-2.算出結果

 

(1)財務上限基準法

 

自社純資産 × 一定割合 × 重みづけ = 300百万円 ×10% × 0.50

=  15百万円 

 

(2)売上債権基準法

 

自社売上債権 × 一定割合 × 重みづけ = 400百万円 × 10% × 0.50

=  20百万円

 

(3)決済限度法

 

決済限度額 ×  重みづけ  =  100百万円 × 0.50 =  50百万円

 

(4)仕入債務基準法

 

取引先仕入債務 × 一定割合 × 重みづけ = 700百万円 × 10% × 0.50

=  35百万円

 

(5)月商一割法

 

取引先月商 × 一定割合 × 重みづけ = 4,800百万円 ÷ 12ヶ月 × 10% × 0.50

=  20百万円

 

(6)内部留保基準法

 

取引先純資産  × 一定割合 × 重みづけ = 800百万円 × 10% × 0.50

=  40百万円

3-3.与信限度額の選定

 

与信管理は保守的に取り組むのが原則ですので、通常は、上記算出結果のうち最も低い金額を選定します(今回のケースでは、財務上限基準法による15百万円)。但し、倒産件数の多寡などの景況トレンドや、自社の販売戦略、取引先企業との関係などを鑑み、ケースによっては個別に最適な算出基準を選定いただく必要も生じるでしょう。重要なのは、与信限度額の設定についても、上記のように多面的な視点で行うことができる点です。夫々の算出方法の特徴を捉え、焦付債権の発生を極小化しつつ、売上の最大化を目指すことが必要です。

 

<プロフィール>

手坂 空太郎(てさか そらたろう)

中小企業診断士

一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員 / ビジネス創造部 副部長